見出し画像

#90 ちょっと天竺まで・・・

今日、お友達と話をしていて、また、熱く語ってしまったんだけれども。

地形的に、インドってヨーロッパにも近いし、中東にも近いし、もちろんアジアにも近いし、色んな文明のハブみたいな位置に属してるんですよね。その中で、世界最古の宗教がヒンドゥー教なのを考えると、その周辺の宗教や文化がヒンドゥー教に影響を受けているのは間違いないわけです。

だってね、考えてもみて。

昔はさ、日本からもさ、天竺という場所に素晴らしい幸せになる密教があるって聞いて、船と徒歩で、何十年もかかって、ありがたいお経をもらいに行ってくださるお坊様がいたわけじゃない?でもさ。言葉も文化も違う中で、時間も限られている中で、どれだけの量の知識を持ち帰れたと思う?その人がいくら天才だったとしても、持ち帰れる巻物の数も限られていただろうし、記憶できるのも一部だったと思うし、間違いもあっただろうし、それは他の預言者達も一緒だと思うの。

つまり、前々回のお話にもつながるんだけど、壮大なる大きな物語の一部だけが切り取られて各地に広まっていったと思うんですよ。でもさ、誰もさ、30年もかけて手に入れたものを、これはたった一部にすぎないんです。とは言わないじゃない?だから、その一部の知恵を元に、新しい物を作ったんだと思うんですよ。例えば、ミロのビーナスのなくなった腕を想像で付け足して完成させた絵みたいに。

それはそれで素晴らしい物なんだけれどさ。幸せになれる密教のオリジナルではないんですよ。別物なの。

でもね、私たちは、今、英語という共通言語があって、飛行機で数時間で、インドと日本を行き来できるわけですよ。その当時のお坊さん達の何倍もの量の知識に直接のアクセスがあるわけですよね。

これって、本当、すごい事だと思いません?

太古の昔から、幸せになるための素晴らしい密教があるって聞いて、命をかけて何十年もかけて取りに行っていた知識に、数時間でアクセスがあるって、本当にすごい事だし、しかも、昔は一生に一度のチャンスだったのが、今では、行きたい時にいつでも行けるって、当時の何倍の知識に触れる事ができるんだろう?

って考えると、なんて、不思議な時代と場所に生まれたんだろうって思います。

というわけで、我々は、毎年、知識を授けてもらいにRishikeshに行こう。と、みたたび、誓ったのでした。

ってね、私、プライベートで食事してても、最近、こういう話しかしてなくて。周りの人は、本当に真剣に聞いてくれて、やさしいなーって思うんです。笑。

来年のRishikeshは、普段Santhoshaに来ていない私の仕事仲間もたくさん参加したいと言ってくれていますよ。今から、どういうトピックの講義をしてもらおうかと、ワクワクしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?