#79 言葉の呪縛
平野啓一郎が日蝕という本の中で、本来は違った物だったかもしれないものが、言葉を与えられる事によって、全く別のものに変わることがある。みたいな事を言っているのですが。私は、大学生の時にその文章に出会ってから、言葉を器として、とても意識するようになりました。
言葉は、形のない概念的なものに、シェイプを与え、ニュアンスを与え、共通認識をもつ人と共有する事を簡単に実現してくれますが、もし、異なる入れ物にその概念を入れてしまうと、あっという間に、別のものとして他者に認識され、自分の認識も、また別のものとして記憶されてしまう事があります。便利だけど、時々、とても暴力的に事実を変えてしまう諸刃の刃。
私は、言葉を与えられていない事象をそのまま楽しむ事をとても大切にしています。
ケララのジャングルで一人ぼっちになる瞑想とヨガのリトリートを経験して、最後に得た、お腹の奥から湧き上がってくるような、自然と笑みが溢れでてくる多幸感。初めての感覚に、あまりにびっくりして、グルジに、これは何だ、と聞いたら、これはSanthoshaだ。と。これが、本当のHappinessだと、教えてもらった。というのが、Santhoshaの始まりなのですが。
このSanthosha、ヨガストラというヨガ哲学の本に出てくる練習の一つなのですが、色んな人が、色んな例を使って解説しているのですよ。Contentment。Happiness。日本語では足るを知る。知足。
近いんだけど、私が体験したそれは、どの解説書に書かれた物とも、ちょっと違うんです。ニヤマについて書かれた本を読めば読むほど、それを解説している人の話を聞けば聞くほど、私が体験したあの温かくて優しくてお腹の底から湧き上がってくるあの幸せな感じが、どんどん消えていく気がするんです。
いや、知足もとてもいい概念で、私は大好きですよ。でもね、私が体験したSanthoshaからは遠い所にあるんです。知足を知れば知るほど、あの体験が遠のいていくんです。
そういう話を熱くしていた時、当時のデザイナーも、ヨガを実践しているオランダ人ですが。彼が作ってくれたデザインが、これでした。
Santhoshaの中に、Sの文字が何となく透けて見えるでしょう?
これなの。文字という器を与えられていないけど、そこに確実に存在しているS。これが、私が大切にしている、あえて言葉を与えずに、感じるもの。
これは、私にとって大切なSanthoshaだけでなく。人間関係、仕事、豊かさ、楽しい思い出、いろんな事に当てはまります。
言葉をあえて与えない事で、それが元々の美しさを永遠に保ったまま、記憶に遺しておくことができる事があると信じているんです。
今回、リシケシに行って、私があえて、言葉を与えずに、ずっと私の記憶に閉じ込めておきたいと思うような思い出がたくさんできました。ガンジス川の真ん前のアーティー。修行僧の読経の中行われた火の儀式。ヒマラヤ山脈からの日の出。
写真やオーディオでも記録できないし、あえて、それを窮屈な言葉の器に閉じ込めたくないな、と思うような素晴らしい感動だったのです。あれは、経験した人だけのご褒美ですね。
私は、人間関係でもそれをとても大切にしていて。その人が友達なのか、恋人なのか、家族なのか、そういうありふれた言葉の器に閉じ込めてしまう事で、姿を変えて壊れてしまう儚い関係ってあると思うんです。
本当に素晴らしい人って、学歴や経歴、どれだけ素晴らしいバックグラウンドを持っているかというきらびやかなプロフィールを披露しなくても、人が集まってきて、愛されるでしょう?
うちのスタジオの内装が素敵だと世界中のたくさんの方に言っていただくのですが、この内装デザインをお願いした方は、日本の美しさを世界に広めた伝説のお一人。もう随分と昔にご引退されて、一般のお仕事は受けていらっしゃらないのですが、ひょんな事から御縁をいただき、こんな小さなヨガスタジオのデザインをご快諾してくださったのです。オープニングの日には、あの先生の新しい作品が見られるなんて!と表参道商店街の理事長さん達がわざわざ、こんな小さなスタジオを見に来てくださったんですよ。でも、その先生も、僕の名前を出すと、それが本当に良い物かどうかわからなくかるから、名前は出さないように。っておっしゃるんです。良い物は、僕の名前がなくても、人は感じるから。それが、本当に素敵なもの。と。
Santhoshaはあえて、Communityという言葉を使っていますが、それは、なんの縛りも契約もフォームもない人の繋がり。その中で生まれるたくさんの名前のないつながりを大切にする、そういう空間が育てばいいな。と思っています。
Santhoshaがどれだけ好きか、Santhoshaとは何か、Santhosha familyの素晴らしさを熱弁してくれる人が時々いるのですが。あえて、それをしない事で初めて感じられる美しい物もあるんですよね。だから、我々は、あんまりSanthoshaを語りません。笑
年寄りの戯言でしょうか。笑
そんな私の美学が、ロゴのデザインにこめられています。無口な昭和の男の愛みたいですね。笑
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