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曇りの日



家の近所の何度か通っている散髪屋は、アプリから予約ができる。
数日前から、予約を入れてはキャンセルする、というのを何度か繰り返した。日々気まぐれな時間に寝起きしていて、予約に合わせて起きておくのが難しい。と、書いていて思うが、人間として終わっている。ほとんど動物である。
今日はようやく朝のまともな時間に起床したので、当日でも空いていた昼過ぎの枠に予約を入れた。
予約確認のメールを見ると、以前より値段が少し上がっていた。アプリのお知らせというページを見ると、2月1日から値上げの旨が書かれている。
すぐに行っておくんだった、と悔やんだ。

家を出ると、道に水溜りができていた。ずっと家にいたので雨が降ったことも知らなかった。
広い公園のなかを横切る。遠くに背の高い樹がある。木は動かない、と思う。じっとそこに在る。こちらが歩いてもそれはずっとそこに在って、段々と視界の端へ位置が移る。その直線的な姿のせいか、物というより、物の影を見ているような感じがする。風がなく、空は厚いくすんだ雲に覆われて、芝が少し濡れていた。
静かで、柔らかい草と土を踏む自分の足音だけがよく聞こえた。見渡すほど広い公園を歩いていると、世界の余白にいるようで落ち着く。人間の姿はない。町の音も届かない。

案内された席に着くと、衝立の向こうの隣席に女性がいるようで、話し声がした。顔剃りをしてくれるお婆さんが「肌綺麗ですね」と言うのに「ありがとうございます」と答えていた。
それを聞いて、人に何か褒められて、ありがとうございますと俺は答えないだろうなと気付いた。別に考えがあってそうというわけではなく、単に選択肢にない、その答えが頭に浮かばない。褒められれば、普通に礼を言うという習慣は、なんとなく見習いたい気がする。

こちらが目を閉じているから、むこうも黙って仕事をする。
クラシックのピアノ曲が薄く店内に流れていた。鋏の音が耳のそばにあった。眠気に似た心地良い気怠さが体のなかを満たしていく。
ふと、店の外に広がる曇天の下の町が、おぼろげな色彩で脳裏に浮かび上がる。いくつもの人影が過ぎ去る。駅に向かって歩いていたり、買い物袋を提げていたりする。そのうちのひとつの人影として、俺は散髪屋の椅子に座って、髪を切られていた。

顔剃りも終わった顔が、鏡に写っているのを眺めた。俺って髭がないほうが不審だな、と思う。人生経験に乏しい者に特有の歪な幼さが前面に出るというか。髭があると「ダメな人」というキャラクターになるのが、髭がないと素性の掴めない何かになる。
人生で一番短い髪型にした。長いこと坊主だったが、坊主は「髪型」ではない気がするので、やっぱり今が人生で一番短い髪型だ。
長いこと散髪に行かず、髭も髪も伸びきっていた。
昔からころころと髪型を変える。これは飽きっぽいからで、いつかしっくりくる髪型を見つけて定まるということはないと思う。この性格が変わった時、自ずと髪型も定まるんだろう。
ここしばらく、伸びた前髪が目に垂れて、それを横に流した。その手つきに、ずっと長髪だった子どもの頃がよみがえって、懐かしかった。

店先まで店員のおじさんが見送りに出てきた。
ありがとうございました、と言ってから、またお願いしますとも言おうとして、いややっぱり言わなくていいかと迷った。
お願いします、とだけ、口から転がり出た。むこうからしたら、なにをお願いされたんだろうと意味わからなかったと思う。足早に立ち去った。なんか変なこと言っちゃったなと思い、なんとなく一度振り返ってぺこっと頭を下げたが、これも重々お願いしたみたいになってしまったかもしれない。
髪と髭がなくなったので、帰り道は行き道よりも寒かった。トリミング後の犬ってこんな感じだろうかと思った。



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