放送免許が持つ意味はなんなのか?

2020年9月1日、ラジオ業界を駆け巡ったニュースがありました。
それは

「InterFM897がエフエム東京に買収された」

というものでした。

ツイッターでそれを見た僕は、業界の人たちに連絡をとり、17時に近くになって、ようやく

「JFNが木下工務店グループが保有していたInterFM897の全株式を取得した」

という情報にたどり着きます。そして18:16、オリコンニュースが下記の内容を発表しました。

外国語FM放送局の走りであり、外国語放送局のラジオネットワークであるMegaNetのキー・ステーションだったInterFM897がJFN入りしたことで、MegaNetは事実上崩壊しました(大阪のFM COCOLOと福岡のLOVE FMしかない上、FM COCOLOはFM802が経営しているので)。

しかし、こうなると「放送免許の意味ってなんだろう」という新たな現実を突きつけたニュースだと思えます。

JFNとはなんなのか

放送業界に詳しくない方々にとっては「JFN」がなんなのかお分かりにならないと思いますので、ここでご説明します。

まず、一般的に言われているJFNは2つの意味があります。

1つは、ラジオネットワークとしての意味で正しくは「全国FM放送協議会」と言います。キー・ステーションはエフエム東京(TOKYO FM)であり、全国の都道府県にある第1FM放送局の38局が加盟しています。

なんのためのネットワークかというと、番組供給のためのネットワークです。地方のFM放送局は従業員の数も制作会社の数も少なく、タイムテーブルの全てを自社制作番組で埋めることはできません。そのため、安定した番組供給網が必要で、そのために作られました。AMでいうJRN(TBSラジオ系列)、NRN(ニッポン放送系列)と同じですね。

もう1つの意味は、上記の協議会加盟局が共同出資で設立した番組制作会社「株式会社ジャパンエフエムネットワーク(以下JFNC)」で、今回、InterFM879を買収した会社です。

ここは上記協議会加盟局に供給する番組を制作する会社です。基本、TOKYO FM制作の番組をJFN Aライン。JFNC制作の番組をJFN Bラインと呼ばれています。

InterFM897とはなんなのか?

今度は、買収されたInterFM897についてご説明します。
同局は1996年4月、日本国内にいる外国人向けFM放送局として開局しました(開局当初の周波数は76.1Mhz)。

外国人向けということもあり、県域に拘らず、関東広域FM放送局としての機能を備えていました。

開局当初は精密部品メーカーのニフコジャパンタイムスが株主となって経営していましたが、2006年に両社がテレビ東京ブロードバンド(現:テレビ東京コミュニケーションズ)に株式を売却。2009年にはテレビ東京本体に株式が譲渡され、テレビ東京の完全子会社となります。

しかし2012年、テレビ東京の方針変更(テレビ事業への経営資源集中)のため、木下工務店子会社のキノシタ・マネージメントに株式が譲渡されます。その後は木下グループの会社として、名古屋の外国語放送局・RadioNEO(最初は支局、のちに子会社化。しかし2020年6月閉局)を設立するなど規模を拡大させていましたが、2020年9月1日、JFNCにキノシタ・マネージメントが保有する全株式が売却され、現在に至っています。

この買収劇の真の狙い

InterFM879を買収したJFNCの筆頭株主は、36.5%を保有するエフエム東京(TOKYO FM)です。残りの63.5%はJFN加盟局の共同出資になっています。すなわち、JFNCはエフエム東京の持分法適用子会社に当たります。

今年JFNCの社長になったばかりの飯塚基弘氏は、エフエム東京のプロデューサーであり、前社長はエフエム東京の黒坂修社長が兼任されていました。

つまりJFNCの経営権と舵取りはエフエム東京の支配下にあるわけです。

一方で、JFN(全国FM放送協議会)のキー・ステーションであるエフエム東京が、放送エリアを同一とする複数の放送局を支配することは、昔であれば放送法における「マスメディア集中排除原則」の制限を受けましたが、今ではラジオ放送局は4局まで同一事業者の支配が可能です(2015年の放送法改正)。ただし既存の地上基幹放送局が同一エリアの場合、2局目の放送局の10%以上の株式を保有するとこの原則を受けることになります。

故に、エフエム東京が直接InterFM879の株式を取得して買収することはできません。

しかし、JFNCはあくまでも番組制作・供給会社です。放送免許を受けている放送局ではありません。

普通の民間会社であるJFNCが株式相対取引によって、InterFM897の全株式を保有するキノシタ・マネージメントから同局の全株式を買い取ると、放送法上なんの問題もなく、InterFM897の経営権を取得することができます。

この場合、放送免許人であるInterFM897の法人格はそのままで、経営はJFNCということになります。また、本日(2020年9月1日)付けでInterFM897はJFN特別加盟局としてJFNに加わっています。

これらの事実から推測すると、外国語FM放送局の経営が厳しくなったInterFM897の株主であるキノシタ・マネージメントが、株式の売却先を考えて総務省に相談に行き、総務省とエフエム東京の間でInterFM897に関する取り決めがなされたと考えるのが自然かもしれません。

しかし、ラジオ放送事業のビジネスモデルが限界に近づいているのも現実で、エフエム東京としてもInterFM897の事業をそのまま承継するのは固定コストの上積みに他ならず、下手すると本業のTOKYO FMの経営にも影響が出てきます。

そこで、考え出されたのが、エフエム東京の子会社であるJFNCにInterFM897の株式を取得させることかなと考えました。

InterFM897をJFNCの子会社にすることで、エフエム東京はInterFM897を孫会社として支配にすることができます。建前はともかく実質的に支配下に置くことが合法的に可能なのです。

JFNCがInterFM879を買収した直後、同社は以下の経営陣に変わっています。

代表取締役会長(新任)飯塚 基弘
株式会社ジャパンエフエムネットワーク 代表取締役社長

代表取締役社長(現任)高原 泰治

常務取締役(新任)藤原 康輔
株式会社ジャパンエフエムネットワーク 取締役

常務取締役(新任)高野 祐造
InterFM879 元代表取締役常務

取締役(新任)西川 守
エフエム東京 取締役副社長

取締役(新任)村上 正光
エフエム東京 取締役

監査役(新任)大内 眞人
ジャパンエフエムネットワーク 常務取締役

【2020年9月1日付で退任】
木下直哉(取締役)
鈴木美充(監査役)

JFNCから2名、旧InterFM897から2名、エフエム東京から2名。うまく編成したものです。これまでのInterFM879の経営・編成の自主性が、これで保てるとは全く思えないですね。

今回の買収により、番組制作・供給会社であるJFNCは子会社にInterFM879を持つことでき、なおかつ放送免許上は外国語放送という縛りはあるものの、番組制作・供給会社が放送局を取得したことになります。番組共有ラインで言えば、JFN Aライン、Bラインに加え、Cラインが加わったと言えましょうか。

放送局であるエフエム東京が筆頭株数を保有している番組制作・供給会社がJFNC。そのJFNCが100%保有している広域FM放送局がInterFM879。

わかりやすく平たく言えば、エフエム東京が、グループとして同一エリアにおける既存FM放送局、広域外国語FM放送局、2つの放送局を支配・運営しているに等しい状況です。

なおかつ、今回の買収劇は、去る2020年6月30日に閉局したRadioNEOの閉局にも関係していたのではないかとも思えます。もしこの買収劇とJFN加盟が相当前から用意・準備されていたものであるなら、Radio NEOの閉局はやむ得ない状況ですわね。

放送免許の意義はどこにあるの?

今回の企業買収は民間の取引の結果ですので、資本の論理で企業を買収することはなんら問題はないと思います。

ですが、形はどうあれ、総務省から放送免許を付与された免許人の法人格を変えず、株主構成が100%入れ替わった状態で、新株主が放送事業を継続することが合法なら、総務省の放送免許の審査の意味はどの辺のあるのかわからなくなってきました。

2016年にCROSS FM(福岡)の経営権を持っていたネクスト・キャピタル・パートナーズ(NCP)が、化粧品メーカーDHCに全株式を売却しました。

NCPはもともとエクイティ・ファンドですので、再建終了後に売却することは当然の流れでしたが、まさかDHC1社に全株式を売却するとは思いませんでした。日本の放送局は基本株主が複数いるのが普通で、主たる株主が1社のみの県域放送局などなかったからです。

放送電波は1対不特定多数の情報伝達であり、その公共性の高さから「公共の電波」と解釈されます。そのため、電波を使って放送事業を行う場合は、総務省の審査を経て、放送免許の付与が必須です。そして放送免許申請には株主構成などにおいて、放送局経営の公平中立が保てるように総務省から指導を受けています。

その放送局の免許人の株主が変わり、それが「1企業の専有で良い」とするならば、放送免許制度や審査とはなんなのでしょうか?

開局時だけ厳しい意見や条件を課し、事業譲渡や免許承継に関しては1企業が放送局の100%の株式を保有することのどこに「公共の資産」の大義名分があるのかわかりません。

私は1企業が1放送局の経営権を100%保有することが悪いこととは全く思ってません。ですが、1企業が放送局の株式を独占することが、「放送免許を承継する企業体がいないのだから仕方ない」というなら、今の放送免許のあり方や事業承継の仕方、認定放送持株会社のあり方を早急に変えるべきです。

今後このようなことが起きれば、必ず歪んだ考えを持った人間が放送局を買収することだって不可能ではなくなるわけです。特に地方の場合は、放送事業が立ち行かなくなるところが増えており、引き受け手がなくなるのであればなおさらです。

早急にネットワークや系列などを重視する認定放送持株会社のあり方も含めた「放送局の仕組み」を組み立て直す必要があると私は思います。

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