「私と散歩」
「趣味は何ですか?」と聞かれて、「散歩です」と答えると、微妙な顔をされることが多かった。そこから話が広がることは、これまでほとんどなかったように思う。
「特徴がない人だな」
「話を盛り上げようという気がないのかな」
そんな風に思われているような気がして、いつのまにか別の回答をするようになった。
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以前「散歩のどんなところが好きなのか?」と聞かれたことがあった。
これは一言で答えるのが難しい質問である。
そもそも散歩といっても色々ある。
・ふと、あの場所に行きたい
・あるテーマについて考えたい
・ただ、風に当たりたい
・気分転換したい
・運動したい
・なんだかわからないけど、心や身体が欲している…気がするetc
言葉にすると、途端に解像度が下がってしまう気がして、ごまかしてしまった記憶がある。(適切な言葉が見つけられなかったのでだ。)
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ある日、「散歩」の代わりに「ウォーキング」と答えると、周囲からのウケが良いことに気が付いた。
「ウォーキング」とはなんだろう?
辞書で調べると「ウォーキングとは、歩くことによって健康増進を目的とした運動のこと」であるらしい。
なるほど、ある種の「目的」を持つことで、(同じ行為であったとしても)その行為に意味を見出しやすくなるようだ。
冷静に考えてみれば、それはそうだろう。
「趣味は何ですか?」という質問者は、正確には「私の趣味」を知りたいわけではなく、「私がどんな人か」知りたいだけなのだから。
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コロナの世界的な流行から1年が経とうとしていた、2020年の12月。
政府は、国民に対して「歩くこと」を強く推奨することになった。
以前から感染防止の自粛のために、家に閉じこもることで、運動不足に陥る人や、うつを抱える人の増加が叫ばれていたが、じわじわと問題が肥大化・表面化してきたのである。
政府は対策として、企業への支援・連携を行って、歩くことを支援するサービスの開発を後押しした。その結果、2021年の春先には、複数の「歩行ポイント」サービスがリリースした。
どのサービスも基本的には同じ構造である。ユーザーは歩数に応じて、電子マネーとして使える「てくてくポイント」を獲得することができるというものであった。中には、歩行速度によってポイント還元率が変化するものや、特定のコースを回ることで追加ポイントが得られるものもあった。
スマートフォンに専用アプリをインストールすることで、誰でも簡単に利用することができたため、お小遣い稼ぎ程度に利用する人は増えていった。
「てくてくポイント」の拡大を後押しした最大の出来事は、ポケモンGOに代表されるような、位置ゲームの拡がりである。夏頃になって「てくてくポイント」と連動したゲームが多くリリースされたのだ。
こうして「歩く=健康に良い×お得×楽しい」対象として認知され、若者からシニアまで、これまで以上に広く深く浸透することとなった。
「歩くこと」は、急激な速度で「目的」と、それに付随する「意味」を獲得したのである。
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だからといって、”私”が不自由に感じることはなかった。
以前と比べて、街を歩く人は増えた。
その中には、ポイント集めに必死な人もいるだろう。
だが、それを気にする必要はない。何かを変える必要はないのだ。
自分のペースで自由に歩けばいい。
結果として、ポイントがついてくる。
それはそれで結構なことじゃないか。
逆に、良い発見もあった。
溜まったポイントを確認する機会が増えたことで、日頃の運動量をより意識するようになったのだ。(以前から歩数計アプリはあったが、月ごとの合計など、様々な角度から気にするようになった。)
「今月はいつもより溜まったポイントが少ないから…来月はもう少し運動した方が良さそうだな」。
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ただ、全てこれまで通りというわけにはいかないらしい。
ときどき思い出すのは…帰り道、遠回りをした結果、時間を無駄にして、どこか損したような気持ちになった、そんな思い出である。
私の場合、特に多かったのは「あの道を通れば、もしかしたらあの人と偶然出くわすかもしれない」という類の遠回りであった。
冷静に思い返すと不思議なのだが、そうして遠回りをして、思い浮かべたあの人と出会えたことは一度もなかったと思う。それでも淡い期待を胸に、遠回りを繰り返してしまう。そうして「自分は何をしているんだろう」と自分に問いかけるのが、いつものパターンだった。
「てくてくポイント」が貯まるようになって、以前のように遠回りをしても、残念に思う気持ちは薄らいだ気がする。
「私は、散歩のどんなところが好きなのだろうか」
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中塚啓史と申します。
初回ですが、SF調で書いてみました。物語を書くのは小学生以来だと思うので、力不足で読みづらいかと思うのですが…書いてみたかったのでチャレンジしました。
この曲を聴きながら書いたので、レコメンド。
(梨泰院クラスのサントラです)
♪「Someday, The Boy」Kim Feel
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