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神様がいた頃のこと

※実際の人物とは一切関係ない(ストレートな保身)



私には神様がいた。十五歳のときに出会った。

主治医からは先天的なものとも生育環境によるものともいわれている精神の不具合に、長いこと人生を毀損されてきた。家のすべてのことを自分で回さねばならなくなった高校時代の家庭環境はとても勉学に取り組めるようなものではなかったし、私の人生なんかより気にしなければならないことがたくさんあった。遅刻や欠席が増え、出席しても起きていられず、三年生になるころには、物理の実験で部屋が暗くなったので眠る、脱走せず体育の授業に出たけど結局眠る、一度眠ったらチャイムでも起きられず気づけば昼休み下手したら放課後(しかも席替えのくじ引きまで終わってたのにクラス全員から無視されてた)という感じで、もはやまともな学校生活は成り立っていなかった。進学校ゆえの大らかさで校則は無に等しく、また教員たちも勉強ができてしまったACに比較的寛容であったが、さすがにちょっと看過できないレベルの荒れ方をしていた。
だからこそ、そんなめちゃくちゃな生活の中でかろうじて青春の切れ端を掴めたように感じた部活を、そこにいた神様を、過剰に眩しく感じたのかもしれない。私はいわゆる「進級ぎりぎりの問題児」であり、「部活のために学校通ってるタイプ」であった。

違和感は十五歳の春には始まっていた。周囲の提案に基づいて志望し、なんとか合格した、部活動の盛んなその高校で、自主的にいくつかの部を見学したにもかかわらず、そのすべての見学会の途中で「あ、無理だ、ここにはいられない」と思って文字通り逃げ帰ってしまい、帰宅部のまま運動会と中間テストを終えた(似たような症状をお持ちの方のために検索用キーワードをお伝えしておくと社交不安障害です)。
神様と私は同じクラスだったが、ここまでの期間、神様の記憶はない。神様は注目を集めるタイプではなかったし、席も遠かった。私が神様に出会ったのは六月頭のことである。

初めての定期テスト明けの朝、駅前で森さんに会った。
このとき森さんに会わなかったら、いまの人生はなかった。
まだ入学して日が浅いゆえに距離感が確立されていなかった私たちは、お互いなんとなく無視するのも気まずくて一緒に登校した。
神様の部活にはマネージャーがおらず、神様たち一年生がマネージャー勧誘を言いつけられ、あるクラスメイトが引き受けたものの彼女はすでに他の忙しめの部に所属しており兼部だと毎日の活動は難しいのでやっぱりマネージャー探しが継続中であると、そう教えてくれたのは森さんであった。兼部の子と神様と森さんは出席番号が近かったので、教室でそんな近況を話していたのかもしれない。
「よかったらやってみたら?」の言葉を断れるような理由もなく、そのまま森さんから神様たちに話が通った。部活動の盛んな高校だったので、その時点で部活に入っていない生徒はほぼ絶滅しており、神様的には絶好のチャンスであったかもしれない。そして精神に歪みを抱えた私はものを断るのが苦手だった。
ただ、先述の兼部の子が主に窓口となったため、そのときも神様とはろくに会話をしなかったように思う。
それまで話したこともなく、どんな人かも知らなかった神様を、その後もよく知ることはなかった。初めて部活を見に行った六月九日、知らない場所知らない人達の中に一切の説明なしに放り出され自分をフクロウだと思い込んで限界まで細くなる私に、神様はちょくちょく話しかけて私が居辛くならないようフォローをしてくれるようなことは全くなく、三時間のあいだにただ一言、忘れもしない「暇そうですね」というお言葉を賜った。今思い返してもふざけてんのか?と思う。
知らない人たちが知らないスポーツをしている中に三時間放り出されるという社交不安障害にとってのシンプルな拷問を経たにもかかわらず、断るのも大変だし別に暇ではあるしなんかマネージャー必要なんだろうし……という主体性のなさが私を部に引き止め、なし崩し的にマネージャーになった。
願望がなく、動機がなかった。高校はここを受験しなよと提案されて受験したのと同じで、言われた部活に入ったことが私の人生を現在まで連れてきた。
つまり、その人と同じクラスだったから、森さんは彼の部活のことを聞いて、それを私に話した。その人が同じクラスにいなかったら何も始まらなかった。
すでに壊れかけていた精神の中で部活に依存的な執着を抱くようになって、部活に出会わせてくれたクラスメイトは神様になった。

私に居場所をくれた人はいつも輝いていた。一年生のときから部内で一番上手く、一番強く、一番速く、試合では一番たくさん得点を取った。劣勢のときには神様が絶対になんとかしてくれた。少女ファイトの大石真理に例えるには、寡黙だし口下手だしムードメーカーでもなかったけれど、神様を信じていれば大丈夫だった。
神様は何でもできるように見えた。たぶんそれは過大評価なのだろうが、それでも弱小運動部のなかで、神様とキャプテンのコンビには絶対的な信頼感があった。神様がチームの柱だった。スポーツのことは何もわからず、誰も教えてくれない中、自分の仕事(準備や片付け)が直接的に勝利に繋がるわけではない無力感に折り合いもつけられず、私は自分の気持ちを全て神様に集約したのかもしれない。神様は部員の中でも特別な存在だと感じていた。
仲良くなりたいと思ったことはなかった。おいそれと話しかけてよい存在ではなかった。部活に執着し神様を信仰するほどに、自分は余所者だという強固な思い込みに支配され、私の精神の不均衡は加速していった。

あの場所も神様も、私の病と相性が良かった。部員はみんな無神経な善人という感じで(そんな病的な認知を抱えた人間が部に入ってくるなんて想定できた人はいないだろうから誰も悪くない)、私は脳内で好き放題に自分を孤立させていった。いわゆる「運動部の女子マネージャー」という古典的な「女の子」ポジション、今でいうジェンダー・ステレオタイプか、そんな場所に自分が入ってしまったことも、自分の存在意義も、ほんの些細なことで部員にかけられた「どっちでもいいよ」の言葉も、自分のなかでうまく消化できず、結果としてボコボコに腐敗していった(存在を悪意なく軽んじられて一番辛かった日のこと、十年経っても思い出そうとしたら泣いたので流石にびっくりした。今はもう平気)。自分の唯一の居場所として部活や部員たちへの執着は過度に高まっていたが、それを発露する相手は誰もいなかった。大切な場所で大切な人たちだから、なるべく遠ざかっていようと心に決め、同じ場所で毎日を過ごした人間とは思えないほど、私と部員のかかわりは希薄だった。

当時の私は部内における自分の存在が希薄であればあるほどよいと考えており、たとえば部員が私の下の名前を知らないと強く思い込んでいた、あるいはそう望んでいた。冷静に考えてそんなわけはないんだけど、自分が部活に執着しているその強さの分だけ自分は疎まれるべきだし、役に立つことと引き換えにこの部にいさせてもらっているだけなので自分から積極的にかれらと関わってはならないし、むしろ最初からずっと嫌われていることを忘れてはいけないと、本気で信じていた。髪をばっさり切っても誰にも気づかれないのは正しいことだったので嬉しかった。さまざまな現実から都合の悪い証拠だけを拾い集めて、歪んだ認知を押し固めていった。
それらの自罰的感覚は後年の服薬とカウンセリングにより徐々に揺らいでいき、いわゆる認知の歪みであったと理解してはいるが、まだ完全に溶けて消えたわけではない。特に神様については、私を嫌っていたという可能性がまるで一縷の望みのように、まだ少しだけ輝いて感じられる。彼が私を認識していたのなら、そこに乗っている感情は嫌悪であるべきという考えが完全には消せていない。
なによりも大切な場所で、自分が嫌われるべきである、孤立すべきであると強く信じ込んで生きていた。そうせざるを得ないほどの異常な精神状態にあった。端的に言って精神がおかしかったのだ。これは精神を病んだ人間の、歪んだ認知の不完全な回想なので、この文章の内容も、この感情も、狂っているし普通に間違いなのだと思う。
生命を維持するための必要悪として、人間は何かに依存することがあるという。
当時は生きているだけで怖かったのだ。あれは子供の成長に適さない環境だったし、あの時点でたぶん私は精神疾患だったのだ。毎日をどうやって過ごしていたか定かでないが、部活への執着が私を世界に繋ぎとめていたのだ。このうえ大切な人や場所に嫌われたら生きていけなくなってしまう。だから最初から嫌われていることにして安心を得ていた(似たような症状をお持ちの方のために検索用キーワードをお伝えしておくと回避性パーソナリティ障害です)。
嫌われていれば頭の中では安心して執着し放題だった。そして私は狂った精神状態のなかで、一人の人間を神様になるまで煮詰めていったのだと思う。

神様の姿を探すのは習慣になっていた。学年集会でも、プールの授業でも、駅前のバス停でも、遠くからだって一目で分かった。どこで見かけても絶対に目に飛び込んできた。理由もなにもない、そういう風に体が適応していた。先に見つけておけば、目を合わせないよううまく立ち回ることができた。

私にとって神様は人間ではなかった。
私は神様のことを覚えている。ずっと見ていたから、十年以上も前の断片を今も覚えている。
顔も、声も、二重のまぶたも、私服のパーカがクラスの男子と被ったことも、白いウィンドウペンチェックのシャツも、エアコンの当たる席に座っていたことも、「逐一」が読めなくて音読で詰まったことも、後輩の女の子が神様に告白したことも、足首のサポーターも、強く投げたボールが当たって吹き飛んだコップがフェンスに刺さったことも、悔しそうな言葉も、私のジャージのウエストゴムが折れ曲がって腰骨に当たって痛くて、部員が脱ぎ捨てたジャージのゴムをこっそり調査したらキャプテンのは私のと同じように折れ曲がっていたけど神様のは折れていなかったことも、とにかく私と目を合わせなかったことも、おそらく他の子ともあまり目を合わせなかったことも、ジャージから柔軟剤の甘い匂いがしたことも、水泳の時間にクラスメイトとふざけてプールの中で逆さになっていた(シンクロごっこ)ことも、くっそ似合わねえ学校指定のジャージ姿も、テーピングを失敗したことも、意外と子どもっぽい笑顔も、珍しく苛ついていたときの言葉も、緊張すると忙しなく重心を移動させる癖も、この高校を受験したきっかけの話も、林間学校で着ていた使い捨て雨合羽も、部活を引退したあとの眼鏡姿も覚えている。彼が人間であることを情報として理解している。笑うし、ふざけるし、きっと普通の人だったのだろう。
でも、そのどこにも人間の実感はなかった。彼を人間だと感じられたことは一度もなかった。一度だって神様と会話をしたことがないような気がする。そんなはずはないし、立場上、何度も事務的な話をしたはずだ。まあメールは正真正銘、三年間で一桁通とかだけど……なるべく話しかけないよう近づかないよう自分に言い聞かせていたとはいえ、例えば先輩たちは先輩たち同士の会話を通じて人間に見えていたし、その性格を見てとることができた。同期の部員だってそうだ。話しかけずとも、来る日も来る日もしつこく眺めたおしていれば「ひととなり」くらいは見えてきて当然だ。
でも神様だけはいつも世界の同じ階層にいなかった。私の脳が神様を認識できないようにできていた。声が低くてぼそぼそ喋るから聞き取りづらいんだけど、それとはたぶん関係なく、話しているのに会話が成立していないような、そんな不安定な感触が消えなかった。人間の手触りではなかった。私と神様のあいだの断絶を表すには、やっぱり神様という言葉が似合う気がする(さもなくば認識を阻害するタイプのSCPオブジェクトか)。

クラスメイトだったことがあり、同じ部活に所属していた、その程度の間柄の、個人的なかかわりの一切ない人間に対してこのような感情を一方的に持つことがとてもおぞましく偏執的なのは分かっている。神様を神格化している私は客観的に相当気持ち悪いのでこの感情を他人に知られるべきではないという自覚は当時からあった。
でもあの頃、私の人生の中心は神様だった。ことばを交わすこともその正確な形を捉えることもなかったし、神様個人と私個人の間は、いっそ「知り合わなかった」くらいの、薄いとかじゃなくてもはや無みたいな感じだったけど、私にとってあの場所、あの時間を一言で言うと神様なのだ。神様がいたから今の私がある。大切な友達や、十年を経て再会していま一緒に暮らしている人は、部活を通じて知り合った人で、つまり神様が出会わせてくれたのだ。高校時代のことを思い出すたび、自殺の手段を具体的に考えてしまいそうなほどの自己嫌悪に苛まれるけど、でも高校時代がなかったら今の私は生きていない。高校時代とは部活のことだから、つまり神様がくれたものだ。精神の歪みを病的なレベルにまで悪化させたのも。当時の私に生き延びる理由をくれたのも。全部神様だ。
だから今も私にとって神様は特別な存在のままだ。

十年以上の時間が過ぎた今だからこその感情なのだが、精神がおかしかったせいで勿体ないことをしたな、と思うこともある。
あの頃、部活への依存に心臓を動かしてもらっていた。それは精神の均衡を保つために必要な不健康だった。
あの頃の状態では生きているのが精一杯だったとはいえ、神様と同じ場所に存在する大義名分を持てた時間を大変無駄にしたと思う。大切にしたかった人や場所をいくつも人生から弾き出して、感情のバランスを著しく欠いてきた。振り返りたくない道ばかり通ってきた。
あの時点でそうする以外の選択肢がなくなっていたのは分かっている。どんなに頑張っても回避できなかったのは分かっている。それでも、とても恥ずかしく勿体ない人生を歩んできた。
神様はどんな人だったんだろう。
たくさんの断片がいまも記憶にあるのに、それらは人の形に繋がらない。
神様と同じ階層で、普通に神様と話して、神様の世界の登場人物だった人が羨ましい。
当時の私には無理だったが、それでも、大切な神様をもっと大切にできていたらよかったと思う。感情をここまで歪めずに、神様なんかにせずに、普通の部活仲間として過ごせたらよかったと思う。

神様はいかにもSNSを登録だけして放置しそうなタイプだ。神様のFacebookを覗いてみてもふだんは全く更新されておらず、そこに神様の「ひととなり」は見えないのだが、このたび一年ほど前に写真が更新されていたのを発見した。
人間だなあ。
五年前に近しい人間が亡くなって以降、長らく会っていない人に対して「今も生きてはいるんだろうな」という推定が成り立たなくなっているので、たとえ後ろ姿でも「うわあ!ご存命だ!」と思ってなんだか感動した。
神様は今も生きており、多分なにかの仕事をして生活している。神様を人間として認識できるパートナーを得て、子供を授かっている。
普通なんだろう。人間だから人生を生きているのだろう。神様は生まれた時から今までずっと人間なのだと分かっている。
それでもやっぱり像が結べない。イメージ映像が作れない。あの神様は別人だった。精神を病んだ私が見た幻覚だった。生きるために作り出した妄想だった。化かされた。そういうことでいい気がする。少なくとも今の神様にお会いしたいとか、私の当時の気持ちを説明したいとか、そういった欲求はない。ただ、いまも存命であることが知れたのは少し嬉しい。
私の認識していた神様は、神様本人とは別人なのかもしれないけど、それでもそのガワ?アバター?依代?が、結果的に高校生の私に生きながらえる原動力をくれたことに感謝している。今の私は当時と比べたら笑っちゃうほど回復している。よく知らないけど恩人(仮)くらいに考えてもいいんじゃないか。そちらの階層で平和に長生きしてほしいと思わなくもない。

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