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【点と点がつながった瞬間】僕は人に情報を届ける事が好きだし情報に触れることも好きだ!

私は今就職活動をしています。就職活動を実際にやるまでは正直自分のやりたいことばかりをやっていました。(過去の経験なんて気にせず、自分のやりたいことに打ち込んでいました。)

ただ、就職活動を始めるとやりたいことばかりをやっていくわけには行きません。なぜなら、就職活動は自分の行きたい企業を過去の経験から振り返ります。その振り返りを元に行きたい企業の軸を決めて企業選びをするからです。
なぜ、そこまでして企業を探すのかというとミスマッチを防ぐためと実際に選考が進んでいく過程でよく聞かれる「なぜうちを選ぶのか」という質問に答えるためです。
企業を選ぶときに「将来こんな〇〇という仕事をやりたい」と言っただけでは企業を選ぶと選考の過程の面接で志望動機がどうしても弱くなってしまいます。

逆に「過去に○○いう経験をして、その経験が御社で活かせる、あるいは○○でこういうことを目的に経験をしてきました、このスキルをさらに御社で磨きたいと思って御社を志望しました」と言って過去の経験から「なぜ」の深掘りができることで企業側も答えが明確なので「この子は本当にうちに志望がある」というふうに理解をしてくれます。なので過去の経験の深掘りは必要となってくのです。
今回は就職活動の話をしたい訳ではないのでここまでにしておきます。

私が今回伝えたいことは、その過去の経験を深掘りをしてく中で、「点と点がつながった瞬間」というが実体験としてあったのでこの記事を作りました。
 
点と点とについて知らない方(居ないと思いますがもしいれば)動画を見てください。


自己紹介

今回は結論を先にお話しをします。私は誰かのために情報発信をすることがとても好きです。

この情報発信というのは自分のプライドを見せびらかすためのものではなくて「誰かのために」という割と不特定多数に向けた情報発信です。なので自分の為。というよりは誰かの為に発信をすることが好きということです。

今回はその「私は誰かのために情報発信をすることがとても好きです」という事を過去の経験からふりかえっていきたきと思います。

小学生時代

ステージごっこ

私は小学生の頃ステージの司会に憧れを持ってステージごっこをしていました(笑)

親の部屋にあるベットをステージと見立てて、自分がベットに立って司会ごっこをするのです。お客さんはもちろん親です。

そのステージごっこはどんな感じかというと、自分でベットの横にラジカを置いてBGMを流します。
開始直前になるとボリュームを大きくして「開始アナウンスをします」そして時間になると僕がステージをとして見立てたベットの上にのぼり挨拶をします。

以上です。(笑)


当時の記録があまりさだかではないので途中までしか記録にありませんが、ステージに登るまでの過程を永遠に繰りかえしていた記憶があります。
ステージ上では何かをしていた訳ではなく本当にステージに立って何か話をする&立つまでの過程の演出が楽しかったのだと思います。
この当時から「何かを見せる、演出する、楽しませる」みたいなことが好きでした。

小学校のホームページ(HP)

学校の用務員さんがマメに学校のHPを更新していました。内容は「今日〇〇がありました。」の投稿。1日に4つほど必ず更新してサイトに情報がアップされそれをみることが好きでした。
他にも、「今日の朝の様子」と言って学校の入り門が開く前の様子を写真に撮ってHPに載せていたり、「体育館でのクラスレク」というタイトルでは、クラスレクの様子がアップされていたり。学習発表会の時期が近づくと学年習発表会の練習の様子がアップされていたりしました。

用務員さんでは、ありますがとても優しく話しかけやすかった印象があります。
今となっては個人情報の扱いが非常に厳しくなってしまい学校のHPですら子供顔が直接乗っていること自体敬遠しがちですがその当時は特にそこまでだったので、頻繁に更新されて写真が載っていました。

今思うといい思い出です。(現在その当時の用務員さんは転勤され、HPもリニューアルをしてしまったので写真を見ることはできなくなってしまいました。)

過程が大好き!

あと、何かできるまでの過程をみることがとても好きでした。特に飛行機ができまでの動画は釘付けでした。
余談ですが
実際当時見ていた動画が、転用かもしれませんが見つけたのではりつけておきます。


中学生時代

中学生の後半にスマホを手にしましした。
すると次は身近な友達に天気予報の発信を始めます
ラインのタイムラインに天気予報の情報をまとめた画像を毎日に流していました。

実際の画像
実際の画像

勝手に気象庁のデータをまとめて発信することは今思うと問題があるようにも感じますが、当時はそんな事は気にせず毎日発信をしていました。

なぜ、始めたのかはあまりはっきりと覚えていませんが「誰かのために」みたいな想いが強かったのだと思います。
あと、画像を編集することに楽しいという感覚があったのかもしれません。

高校生時代

模擬店

高校の模擬店では模擬店の店員としてもクラスの担当でもちろん担当しましたが加えて模擬店のお店の販売状況を知らせるWEBサイトの制作をしました。

WEBサイトと言っても当時はHTMLなどのプログラミングのスキルは一切ないので、テンプレのサイトの文字をいじってサイトが作れるサイトでやっていました。
この模擬店の販売状況を知らせるWEBサイトはクラスの役割としてやったわけでもなんでもなくて勝手に自分が「あったらいいよな」ということで勝手に作りました。(笑)
でも、なんだかんだで結構たくさんの人にサイトを見ていただ来ました。

高校の担任の先生

当時高校の先生がフェイスブックでクラスのグループを作っていて、その当時クラスの様子について様ざ情報を発信していく様子がありよく見ていた思い出があります。

大学生

大学では「情報を発信したい!」という思いが明確になっていきます。

大学には、放送局がなかったことも背景としてありましたがラジオをはじめ,気づいたら現在では4番組の担当をしています。

他にもTwitterの広報も担当。サークルの広報担当、ゼミの広報担当、大学行事(学祭)のTwitterアカウント運用、学生団体でも運営の広報を担当するなどしました。


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