思い出せない

窓辺のひかりがゆっくりと部屋に押し寄せてくる。飲みかけの缶コーヒーが目を覚ましていて、ひかりによってあたためられたフローリングは心なしか喜んでいる。それでも、夜の居場所がなくなっていることには誰も目を向けないし、昨日まであったベランダの水溜まりはとうの昔になくなっていることにも誰も気づかない。かつてそこにあったはずのもの、終いにはそれが何だったのかを僕たちは思い出せなくなる。
時間の流れと共に忘れ去られていく感覚がある。それは、きのう見た影の名前を思い出せないこと、向日葵が耳打ちして教えてくれた宝ばこの在処、他のことをしているうちに帰ることが出来ない場所まで流れ着いていたときのこと。僕たちは、屈折したままの海中で、鳴り止まないオルゴールが沈むのを待っていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?