中絶と慰謝料に関する裁判例の概観
0 問題の所在
女性がある男性との子供を妊娠したが、のちに何らかの理由でその子供を中絶せざるを得なくなった。このような場合、女性は男性に対し、どの程度の慰謝料の支払いを求めることができるでしょうか。ここでは、性行為自体は同意の上であった事例をとりあげます。
1 慰謝料の根拠と額
この問題に対する裁判例の考え方を概観してみましょう。まず、同意の上で性行為による妊娠でも、女性は慰謝料の支払いを求めることができます。これは次のような、妊娠の原因を2人で作ったのだから、男性はそれによって生じた中絶の苦痛や負担を軽減・解消する義務があるという考えに基づきます。
本件性行為は女性と男性が共同して行った行為であり、その結果である妊娠は、その後の出産又は中絶及びそれらの決断の点を含め、主として女性に精神的・身体的な苦痛や負担を与えるものであるから、男性は、これを軽減しあるいは解消するための行為を行うべき義務があったといえる(東京高裁平成21年(ネ)第3440号。表現の一部を改めた。以下同じ。)
慰謝料の額は、男性が女性の不利益をどのように分担したかによって変わります。具体的なことは後述しますが、裁判例は①中絶という意思決定に男性が適切に関与したか、②中絶前後で女性の負担を軽減するような誠実な対応を取ったかを考慮しているようです。
結論として、このような場合の慰謝料は、大きく①100万円程度の場合、②10~30万円程度の場合の二つの類型に分かれます。すなわち、女性の損害は①の場合200万円、②の場合は20~60万円とされました。妊娠には男女に同じだけの原因がありますので、その半分の請求が認められたということです。なお、50万円など①と②の中間になった例は私が調べた範囲では見つかりませんでした。慰謝料の額を10~100万円とする記事等もありますが、裁判例は両極端にわかれがちだということに注意しなければいけません。
2 意思決定への関与
まず、①100万円の慰謝料の支払いが認められた場合についてご説明します。これは、一言でいうと中絶という意思決定について男性が適切な介入をしなかった場合です。たとえば、男性が女性に対して中絶をするよう一方的に迫った場合がこれにあたります。また、女性が男性との話し合いを求めるであれば男性はそれに応じる義務があるとされます。そのため、中絶の意思決定を女性に丸投げしたような場合も、男性は適切な介入をしなかったと評価されています。
男性は、本件妊娠を知らされた後に、女性に対して出産するのであれば認知はする旨言明し、かつ、中絶手術費用を支出した事実が認められる一方、女性に対して、「産むなら一人で産んで欲しい。」などと告げたほか、それ以上に具体的な話合いをすることもなく、原告一人に子を出産するかそれとも中絶するかの選択を委ねた(東京地裁平成23年(ワ)9515号)
3 対応の誠実さ
次に、②30万円程度の慰謝料の支払いが認められた場合を考えてみましょう。これは、一言でいうと、①の場合にはあたらないが、男性が中絶の前後に女性に対する誠実な対応を取らなかったと判断された場合です。中絶の意思決定をしたのちも、女性は手術等の苦痛や不安を背負うことになります。そのため、男性は、女性の体調を気遣い、女性からの連絡に適切に応じるなどの対応を求められるのです。
「男性は、女性が妊娠した事実を一応認識しながら、男性の代理人弁護士からの郵便物をできる限り速やかに受け取るよう努めたり,電子メール受信の有無を積極的に確認するなどして原告代理人からの連絡に速やかに応答するといった誠実な対応をせず、ことに。中絶同意書に至急署名してほしい旨の代理人弁護士からの要請に対して、女性の浮気相手として疑っていた男性とのDNA鑑定を先にすべきであるとの自身の考えに固執して速やかな対応をせずに、女性による訴訟提起まで放置した(東京地裁平成26年(ワ)8149号)
4 女性の不適切な言動
ただし、中絶と慰謝料の問題は男性と女性との間の不利益の分担の話ですので、女性の不適切な言動も考慮されます。たとえば、男性が結婚や出産に消極的であったため、男性を脅迫・侮辱したり、虚偽の事実を述べてまで結婚を迫ったりした事例では、慰謝料の請求が認められませんでした。
女性は、出産を望み、出産や結婚に消極的な態度を示す(研修医の)男性に対し、時に懇願や強迫、侮辱にわたる言辞を用い、また、出産しないのであれば違法な堕胎行為をせざるを得ず、これに関与した男性も医師免許を剥奪されるなどと虚偽の事実を述べるなどして、執拗に結婚を迫り、また、いったん予定していた妊娠中絶手術も取り止めるなどの経過を経て、被告が、いったんは原告との結婚の可能性を検討することとしたものの、結局は女性を結婚相手として考えることはできないとの結論に至り、その旨女性に伝え、これに対し、女性は、激しく反発し、必死で翻意を求めたものの、男性の態度が変わらないことから,ようやく男性との結婚が無理であることを悟り、中絶を決意した(東京地裁平成25年(ワ)17173号)
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