赤いファンネル

宇高航路の109年の歴史の最期にギリ乗ってきたのでチラ裏。

特に解析とかしていません。

まったくのチラ裏(チラシの裏に書いとけよ!っていう程度の内容)です。

子供の頃からよく乗っていた航路なので、宇高航路の休止(実質、廃止?)は、時代の流れとはいえ、寂しくなってしまいます。

赤字をなんとかやりくりしながら、航路を守ってきてくれた四国急行フェリーの方には敬意しか有りません。

公共交通機関が消えていくと、交通弱者にとっては不利・不便となってしまいますが、時代の流れと人口集中を考えると致し方ないというところでしょうか。

あと、橋が架かったら船は凄い不利だよね。瀬戸大橋架橋から約30年、航路が続いたのが逆に凄いと思います(小並感)。

最後の乗船時の写真

先頃に乗船したのが最期の機会になるかと思い、写真を撮りまくりました。いつもなら、車なしの旅なので、JR瀬戸大橋線を使うところですが、この度は、フェリーを利用しました。

休止の報道後に乗船したので、激混みでした。今まで乗ってきた中で一番の混み具合で、船内で座る場所を見つけられなかったほどです。

車両甲板:最大で4列で車を並べるように線が引かれているのに、この日は車を5列乗せていました。車両甲板の誘導員も多数配置されていました。

車両甲板

国道フェリーとも玉高丸ともすれ違うこともない。孤独な航路。

孤独な航路

社歌にもある「かすむ屋島」(なお、社歌的には壇ノ浦も見えることになっていますが、壇ノ浦は絶対に見えない)

かすむ屋島

宇野の象徴・三井造船。この写真では見えにくいが、海上保安庁の巡視艇が入渠していました。

画像4

女木島。いわゆる鬼ヶ島。鬼はいない。

女木島

今後の宇野~高松航路

本州宇野港~四国高松港に移動するためには、直島を経由する方法が一応は残っています。

四国フェリーの休航後も四国汽船を利用し直島宮浦港で乗り継ぐことにより、間接的にではあるが高松 - 宇野間は船で渡ることが可能である。

wikipediaには、こう書かれていますが、この経路を使うと宇野港~高松港が2時間くらいかかる計算になります(宇高航路があれば、65分)。当たり前ですが、宇野からでも瀬戸大橋に回った方が随分と速くつきます。

普通に考えて、宇野・直島・高松を観光するという目的以外では、利用することは無いでしょう。

四国フェリーの思い出・社歌

四国フェリーの小史まとめは下記にあるので、それはさておき。

四国フェリーの思い出と言えば、社歌です。

子供の頃から四国フェリーに乗っているので、卒業校の校歌も歌えないくせに、四国フェリー社歌は歌えるようになりました。

高松市または玉野市の出身者なら歌える(はず)の、四国フェリー社歌が通常版とボーカロイド版であったので、貼り付けておきます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?