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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.173

5月22日(水)

「三遊亭白鳥独演会“白鳥ノ音噺”二日目」@としま区民センター

 <演目はこちら>
  三遊亭白鳥『ロマンス恋泥棒』
     ~仲入り~
  三遊亭白鳥『船徳 お初徳兵衛』

「白鳥の巣」スタッフが企画した“白鳥作品と音楽のコラボ”がコンセプトの2日連続独演会。2日目は箏奏者の木原朋子がネタ出しの『船徳 お初徳兵衛』に参加。白鳥は一席目・二席目ともに箏演奏による出囃子で高座に上がった。一席目の『ロマンス恋泥棒』は春風亭昇太作で、今年3月の「SWA」でネタ交換した後、白鳥はよく高座に掛けている。SNSを通じて20歳下のアメリカ人(国際線パイロットでNYにレストランを4軒持ってて日本語ペラペラのいい男)と恋に落ちたという老齢の女性漫画家の恋バナに担当編集の50代女性が「ロマンス詐欺」の疑いを持つ、という昇太の原作に白鳥ギャグをふんだんに入れて楽しく仕上げている。

『船徳 お初徳兵衛』は「若旦那の徳兵衛が勘当されて船頭になって失敗する」という設定は『船徳』、お初が徳兵衛の幼馴染み、という設定だけ『お初徳兵衛』を踏襲しているものの、それはあくまでも便宜上で、噺としては完全に白鳥の創作。だからこそ素晴らしい。

吉原に居続けてる間にいきなり勘当された井筒屋の若旦那、徳兵衛。店は弟の徳次郎が継ぐという。吉原から追い出された道すがら、幼馴染みのお初に出会うと、「井筒屋の看板にすがっていただけの情けない男」とバカにされる。「子供の頃は俺のお嫁さんになりたいとか言ってたくせに!」と腹を立てるが、どうしようもない。うろうろしていたら、稽古帰りのお初とお供の女中を見かけ、身を隠す。川を見ながらお初たちが「私、船頭さんに憧れてた。自分は船頭になれないから、誰か素敵な船頭さんのお嫁になりたい」「無理ですよ、越後屋の一人娘なんですから」などと言っているのを聞いた徳兵衛は馴染みの船宿に行って船頭にしてもらう。

船頭にはなったものの失敗続きの徳兵衛に親方の源助は「もう辞めろ」と言うが、お初を女房にするために船頭を続けたい徳兵衛は「命懸けで頑張る」と言い張るので、「じゃあ本当に命懸けで修業してこい」と、親方は徳兵衛を、自分の師匠で秩父の急流で猪牙舟に乗って丸太を流す“木落とし”名人の船頭・重蔵に預けることに。秩父に入った徳兵衛は三十四ヵ所の札所を廻っているという白装束の老夫婦に出会う。聞けば彼らの娘(おその)は白木屋という“江戸の闇の元締め”と噂される男に、借金のかたとして娘を嫁に出したものの、やがて殺されたのだという。

老夫婦と別れて重蔵を訪ね、弟子入りの試験として急流を下る船の先端に立たされた徳兵衛は、何度も激流に身を落とすことに。この“川下り”の場面で箏の演奏が入って激流を表現する。この箏との連携は、細かい打ち合わせが何度もあったわけではなく、一度リハーサルをやっただけで木原朋子がアドリブで落語の中に演奏を入れてくるというやり方だったという。

急流で船を操る難しさを思い知ったものの、帰るところのない徳兵衛は重蔵の厳しい修業に耐え、何度も水流に呑みこまれながらも一ヵ月後には船の上で立てるようになり、今度は竿で岩を突いて方向を操る修業へ。竿のしなりを使って丸太を思い通りに流していく“返し”という技を身につけた徳兵衛は、一度に百本流れてくる丸太に傷をつけないように“返し”で見事にすべて操ることができるようになり、「江戸に帰って船頭になっていい。もう立派にやっていける」と重蔵のお墨付きをもらう。

だが“木落とし”で江戸に運ばれた木材が庶民を救うと知り生きがいを感じた徳兵衛は、重蔵の許で働き続けようと決意。「女を見返したかったんじゃないのか?」と重蔵に問われた徳兵衛は「お初は越後屋の跡取りとしてちゃんとした婿をもらって幸せになれば、俺は、あいつの兄貴として、それで満足です」と答えるのだった。

「俺の後を継ぐのはお前だ」と重蔵に言われて修業を続ける徳兵衛。三年経つ頃にはすっかり一人前に。そんなある日、いつか会った白装束の老人が集めた札を渡しに来た。老人が言うには、札を集めて江戸に帰った後に妻が亡くなり、夢枕に立った観音様が「秩父の若い船頭に札を預けて娘の仇を打ってもらえ」と言ったのだという。戸惑う徳兵衛に札を渡すと、いつの間にか老人は姿を消した。

一方その頃、江戸の越後屋は白木屋に膨大な借金をして返せなくなり、“神田小町”と評判のお初を女房に寄越せば借金を棒引きにすると言われていた。「家のために」と、脂ぎった助平ジジイの悪党に嫁ぐ決意を父に告げたお初だが、夜空に向かって「あんな男の女房になるなんて絶対にイヤ! 助けて、お兄ちゃん!」と徳兵衛への想いを口にするのを聞いた女中のお千代は、徳兵衛が船頭になった鶴屋を訪れ、源助から徳兵衛の居場所を聞き、急ぎ秩父へ。源助は越後屋へ向かい、お千代が病気の母に会うため故郷に行ったと告げる。だがお初は「お千代は白木屋に行きたくないから逃げたんだ」と思い込む。

白木屋とお初の祝言の当日。飾り立てた屋形船に乗せられたお初が、ドンチャン騒ぎをして浮かれる白木屋の横に座る。抱き寄せられて涙を流すお初。と、そこにやって来たのは一艘の猪牙船。お千代を乗せたその船の船頭は見事な竿捌きで子分たちをなぎ倒し、用心棒の浪人も“返し”で川に叩き落とす。徳兵衛だ。だが一人残った白木屋はニヤリと笑って短筒を徳兵衛に向けた。ここで箏の演奏が入り、クライマックスを盛り上げる。芝居がかった口調で「船頭風情にこの“闇の元締め”白木屋が倒せると思うか!」と凄む白木屋。「お前はここで死ぬんだ。お初はわしのもんだ!」と引き金を引いたその時、舟が大きく揺れ、その隙に徳兵衛が竿で短筒を川に叩き落とす。徳兵衛は老人から預かったお札を差し出して「これはお前に殺されたおそのさんの仇を討ちたいと願う親の想いが詰まった札だ! 思い知れ!」と言って竿で白木屋を川に沈めると、箏の音も止む。

白木屋が用意した屋形船には源助が船頭として乗り込んでいた。居合わせた芸者・幇間もすべて源助の身内。白木屋を片付けた一件が明るみに出ることはない。「白木屋も用心棒も、酒に酔って川に落ちて死んだ。お前は誰も殺しちゃいねえ。そうだろ、徳?」「ありがとうございます、親方! さっき親方が船を揺らしてくれなかったら俺は…」「いいんだよ。それより徳、いい船頭になったじゃねえか!」「これも重蔵名人のおかげです」

ここで静かに箏の演奏が入る。

「そうじゃねえと思うな。徳、お前が船頭になったのも、おそのさんの仇を打ったのも、このお初を助けてやったのも、みんな秩父の観音様の霊験じゃねえのかい?」「観音様…そういえばあの爺さん、札を受け取ったら消えて…」「観音様はずっと見てたんだ、命を懸けて木落としの修業をするお前をな!」

お初は徳兵衛と共に秩父に行くと言い、お初を乗せた徳兵衛の船は秩父へ向かう。「お前と急に二人っきりで、どうにも不思議な気分だな」「私、小さい頃からお兄ちゃんのことが…」「おっと、それは言いっこなしだ。さあ、竿から櫓に替える。そっちに座ってな」 だが、お初はその場で徳兵衛が操る櫓に手を掛けた。「おい、素人が櫓を扱うなんて無理だぜ」「いいえ、私も一緒に漕いで(恋で)苦労をしてみたいの」

美しい箏の調べに乗せた、感動のエンディング。箏の演奏がドラマを引き立てる、理想的なコラボだった。