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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.162

2月8日(木)「立川談笑月例独演会」@内幸町ホール

2月8日(木)夜の演目はこちら。
立川談笑『金星人裁き』
立川談笑『ジーンズ屋ようこたん』
~仲入り~
立川談笑『警視庁隠密捜査課 弥次喜多☆事件ファイル~第一話 六本木ウィドウ~』

昨年の談笑はこの「談笑月例」で「慶安太平記」全九話のネタおろしを行ない、12月の『大事、露見す』で完結した。ネタおろしは「月例」での9ヵ月連続口演だったが、今度はぜひ「通し公演」を(例えば3回連続公演とかで)やってほしいものだ。

そして今回から始まったのが「警視庁隠密捜査課 弥次喜多☆事件ファイル」という新シリーズ。警視庁隠密捜査課に所属する若い刑事「矢嶋」とベテラン刑事「北村」の通称“やじきた”コンビを主役とする“刑事ドラマ型新作落語”の連作だ。

その第一話は仲入り後ということで、まず一席目は『天狗裁き』の改作『金星人裁き』。発端は女房に起こされた亭主が「うわっ!」と驚いて目を覚まし、「夢でも見たの?」と言われて「あっ、夢だ!」と安堵する。そこで「どんな夢見たの?」と訊かれて「すごい夢」と答えるものの、「どうすごいの?」と問われて「……忘れた」となる。実際、夢から目覚めて「すごい夢だった」というのは憶えていても内容は不思議にすぐ忘れてしまう、ということは僕もよくある。だがこの女房は「忘れた」というのを信じずに「女房に言えないような夢を見た」と思い込む。この経緯はリアルだ。ここからの展開は『天狗裁き』同様だが、演題が示すように天狗が出てきた後に金星人が現われ、そこからもうひと捻りあってサゲに至るという仕組み。元来の『天狗裁き』より一層「円環」に近づけたのがミソ。

もともと実在のアイドルが登場する『ジーンズ屋ゆうこりん』だったものが、2006年の著書「超落語!」に採録する際に架空のアイドルが登場する『ジーンズ屋ようこたん』に変わった『紺屋高尾・改』。ジーンズ工場に勤務する久三が遂にようこたんに会った際に彼女が打ち明ける身の上や「本当に結婚するつもりだという証」は2006年当時よりずっとマイルドで、長年やり続けている中でどんどん深みを増して、素晴らしい人情噺となった。「アイドルの私は作り物。本当の私じゃない」と自嘲する近藤ようこが「私が一番こんな私が大嫌い! 居なくなればいいと思ってる。あなたは真っ当な社会人なんだから、こんな私に騙されちゃダメ」と言うと、久三は「本当のあなたは人間らしい、いい人だ!」と言い切り、「こんな私でも一緒になってくれる人がいるのかな」と呟く近藤ようこに対して「ここに居ます。あなたをください!」とプロポーズ。この男らしい久三に近藤ようこが惚れるのは極めて自然な流れだ。「圓生師匠の『紺屋高尾』は打算だが、私は恋をさせたい」と言った立川談志のスピリットを談笑は受け継ぎ、さらに進化させている。2010年10月に東京芸術劇場中ホールで行なわれた「月例」(CD発売記念スペシャル)で談笑は『ジーンズ屋ようこたん』を基に古典設定に作り替えた『紺屋高尾』を演じたが、また今度あの試みをやってほしいと、今回の『ジーンズ屋』を聴いて切に思った。

「警視庁隠密捜査課 弥次喜多☆事件ファイル」の第一話は『六本木ウィドウ』。IT長者と結婚した知人女性から矢嶋に「助けて」という電話が入り、やじきたコンビが六本木の自宅に急行すると、夫が寝室で殺害されていて……。真相を見抜いた北村が取った意外な行動に驚く矢嶋。なるほど、そういうコンビなのか、という“やじきた紹介編”。次回はどんな事件が待っているのか?


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!
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