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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.152

10月28日(土)「林家つる子独演会」@日本橋社会教育会館

広瀬和生「この落語を観た!」
10月28日(土)の演目はこちら。

林家たたみ『花筏』
林家つる子『片棒』
林家つる子『妾馬~八五郎出世~』
~仲入り~
林家つる子『妾馬~お鶴の出世~』

殿様の側室になった妹のおつるが世継ぎを産んで“お鶴の方さま”となり、八五郎がお屋敷に呼ばれる『妾馬』。その『妾馬』をお鶴の視点から描く初の試みが今回の独演会のメインテーマ。それに先立ち、つる子はまず通常の“八五郎出世”を演じた。マクラで「殿様は家来にたった一言『余はあの娘を好むぞ』と言うだけで誰でも側室にできたというんですが……突然『好むぞ』と言われましてもねえ(苦笑)。玉の輿とも言えますけど……どうですか? 人の気持ちって、昔もやっぱり今と同じように人を好きになったり、なられていたりしたわけですから、そこにはいろんなドラマがあったと思うんです」と、殿の一言で側室になったおつるの心情に想いを馳せたのは“お鶴の視点からの『妾馬』”への伏線だ。最後、いい気分で歌った八五郎が「ようよう」と殿様に言われ、「いろんな遊びを教えてやるよ、ついてこい殿公!」と言い放った後、つる子が地の語りで「八五郎が殿様の傍に置かれることになり、後には殿様の側で馬に乗って家来として仕えることになるという、八五郎出世の『妾馬』、これにて」と締めて仲入りに。

後半は今回ネタおろしの“お鶴の視点からの『妾馬』”。冒頭はキリキリと忙しく家事に勤しむお鶴を描く“長屋の日常”パート。帰宅した兄の八五郎が「フンドシ洗ってもらおうかな」と裾をまくると、そこにフンドシは無くてモロ出し。「もうヤだ! こんな暮らし、耐えられない!」と叫ぶお鶴。こんなドタバタも仲睦まじい一家ならばこそ。

ある日、大家が訪ねてきて、「赤井御門守様がお鶴を見初めたのでお屋敷に奉公に行かせるように」と母に告げる。母は娘の出世を喜び、長屋の連中も「めでたい、めでたい!」とドンチャン騒ぎ。お鶴は「会ったこともないのに」と戸惑いながらも、周囲に気を遣って「めでたい……そうよね」と喜ぶ素振り。そんな中、「いやー、すごい出世だなあ、よかったよかった!」大はしゃぎする熊五郎にお鶴は何か言いたげだが、遂に気持ちを伝えることはなかった。

お屋敷に奉公し始めたお鶴だが、口煩く厳しい女中頭に何かと辛く当たられて気が滅入る毎日。「御正室は御病気でお世継ぎができず、吉原から身請けした側室もどういうわけか子が出来ない。教養もないあなたが目を付けられたのは丈夫な子が産めそうだから。お世継ぎを産むのがあなたの務めですよ!」と言われ、ウンザリしているお鶴に「気にすることないよ」と声を掛けてきたのは吉原から身請けされた朝霧花魁。「吉原から出たら自由になれると思ったのに、結局この屋敷にも自由なんてありゃしない」と朝霧は自嘲気味に言う。

「みんな、出世だって喜んでくれたから頑張ってるつもりなのに、怒られてばかり。なんか、『娘に何も教えてない』っておっかさんが怒られてるみたいで、悲しくて。お殿様にも会ったことがないし、ここにいても辛いだけ」と嘆くお鶴に朝霧は「ここはまだ吉原よりましさ。あたしの間夫は殿様じゃないんだ」と、想い人の名を告げる。その名も“花沢類之丞”(『花より男子』リスペクト)。殿様の側近で、吉原の頃からの馴染みだという。「殿様には悪いけど、隠れてよろしくやってるよ」 「私はここにいても楽しいことなんかない。おっかさんに会いたい、お兄ちゃんに会いたい……ここから出たい!」と言うお鶴。「あんたも想い人がいるんじゃないか?」と訊かれて大工の熊だと答え、朝霧が「え? 品川から吉原にきたおしまっていう遊女がそいつを探してたけど」と驚くのは、つる子作『子別れ~おしま~』を下敷きにした楽しい演出だ。

花沢と逢引する間の留守番を頼まれたお鶴が朝霧の部屋にいると、殿様がやって来た。「今夜はゆっくり話したい。屋敷の暮らしには慣れたか? 不自由はないか? 何でも申せ。ここは豊かであろう?」と言う殿様に反発するお鶴。「なんで私なんですか!? 長屋に戻りたい!」 すると殿様は「知らなかった。私はそなたのことを思って」と意外な告白。いつもニコニコ笑って糠漬けを掻き回しているお鶴が気になっていたが、ある日「もうヤだ! こんな暮らし耐えられない!」と泣いているのを見て、助けてやろうと思ったというのだ。

殿様は朝霧と花沢の仲も知っていた。身請けしたのは、いずれ男と心中するかもしれない朝霧を助けたかったから。正室にも他に想い人がいるという。「そなたの望みは何だ?」「糠漬けが食べたい! 長屋の食事が恋しい!」「叶えよう」 以来、殿様は糠漬けや秋刀魚といった庶民の食べ物を携えてお鶴の許へ通うように。やがてお鶴はお世継ぎを産み、“お鶴の方様”の披露目が行なわれた。その席上、お鶴は「お兄ちゃんに会いたい」と殿様に訴え、殿様は三太夫に八五郎を招くように命じた。

屋敷に来た八五郎は三太夫相手にドタバタを演じ、なかなかお鶴に気づかない。やがてお鶴に気づいた八五郎にお鶴は「おっかさん、泣いてた? あたしだって孫を見せてあげたいよ……。あたし、みんなに嘘ついちゃった。みんなにおめでとうって言われて、ありがとうって……本当はそう思ってなかったのに。でも今は心から幸せだって言える。ちょっと待ってて、連れてくるから」 お鶴の子を見て喜ぶ八五郎を見て、「あたし、またお兄ちゃんと一緒にいたいよ」とお鶴が呟くと、「兄上は面白いお方であるのう。気に入った!」と召し抱えることに。「“鶴の一声”で八五郎が殿様の側に仕えることになったというお鶴八五郎出世の一席でお開きです」と締めた。

つる子は『子別れ』で熊五郎が吉原から身請けしたもののすぐに出ていく遊女を主役にした『おしま』や、高尾の過去を描き込んでから久蔵に出会う『紺屋高尾』等、遊女が主役の噺をいくつも作っていて、これが実に見事。今回の“お鶴の出世”も朝霧花魁が重要な役割を果たし、それが噺に奥行きを与えている。吉原の“女同士のやり取り”を描くことに掛けては、今やつる子は“第一人者”と言えるかもしれない。これからも、色々と手掛けてほしいものだ。実は、僕がつる子に“女性の側から見た改作”を作ってほしい人情噺があり、先日の「代官山落語夜咄」のトークコーナーでは直接伝えたのだが、つる子は既にその噺も念頭にあったのだという。ぜひ完成させてほしいものだ。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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