広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.129

4月2日(日)
「第32回 & 第33回 代官山落語夜咄 produced by 広瀬和生」@晴れたら空に豆まいて


広瀬和生「この落語を観た!」
4月2日(日)の演目はこちら。

「第32回 代官山落語夜咄」
立川吉笑『ぷるぷる』
立川吉笑『一人相撲』
~仲入り~
立川吉笑『エコーイン』
立川吉笑『きき』
~仲入り~
立川吉笑×広瀬和生(対談)

「第33回 代官山落語夜咄」
三遊亭兼好『ちきり伊勢屋』
~仲入り~
三遊亭兼好×広瀬和生(対談)

「代官山落語夜咄」は前半がネタ出しの落語、後半は落語家と僕のトーク(約1時間)という構成の会。4月2日は昼夜公演で、どちらも有観客/配信(アーカイブあり)で行なわれた。

昼公演は立川吉笑独演会。昨年10月13日に「29回 代官山落語夜咄」に吉笑が出演した時はNHK新人落語大賞の本選前だったが、今回は大賞受賞凱旋公演と銘打って、NHKで大賞を受賞したネタ『ぷるぷる』と、第1回全国若手落語家選手権で2位のネタ『一人相撲』を演じてもらい、トークではコンテストについて語ることにした。その他にもう一席「お楽しみ」として何か演じてもらうことにしていたのだが、口演の数日前、吉笑に「もしも『ぷるぷる』や『一人相撲』が三題噺だったら、どんなお題かを考える」というアイディアが生まれ、ツイッターでお題を募集した中から3つのお題をそれぞれ選んで「リミックス」した作品をこの代官山で披露することになった。「三題噺」は吉笑が取り組んでいるテーマのひとつで、3月にはシブラクで5日連続「三題噺の会」をやったばかり。今回のシブラクで吉笑は三題噺の“心の師匠”三遊亭白鳥とも初めて会うことが出来ている。

『エコーイン』は『一人相撲』の三題噺リミックスで、当日即興で作ったネタ。お題は「回向院」「キラキラの着物」「ランナー」。東京マラソンのランナーたちが走ってくるところを両国の回向院で待ち受けて松平健が“マツケンサンバ”を唄って応援するのを生中継するテレビ局の現場の噺。「手違いで松平健のキラキラの着物が届かない」というアクシデントでADが急遽お江戸両国亭で着物を借りてくるが、前座の地味な着物なので観衆は拍子抜け。ところが隅田川沿いの川風が回向院の桜に吹き付けて桜吹雪が巻き起こり、マツケンが着た前座の汗だくの着物に桜の花びらが貼りついて派手な衣装に早変わり……という展開。終演後、楽屋で「回向院にいろんな屋台が出てたりしたらよかったですね」と言ったら吉笑は「そっか、屋台からいろんなものが飛んできて着物に付いたりして……白鳥師匠だったらそうしたでしょうね。思いつかなかった……」と悔やんでいたが僕の「屋台」というのはまさに白鳥の『ラーメン千本桜』からの連想だった。

『きき』は『ぷるぷる』の三題噺リミックスで、お題は「んぱんぱ」「初恋」「粘着質」。時代設定は落語という芸能が成立する以前という昔の噺で、腹話術が大衆芸能として流行していた大坂の寄席が舞台。興行主に「腹話術師です」と自分を売り込む清八という男、右手で相棒を操って芸を見せる。この仕草、落語であるがゆえに人形が見えないだけかと思ったら、「人形なしで右手が相棒」という斬新な芸だったという意表を突く展開! “きき”とは清八の相棒(右手)の名で、「右利き」から来ているという。母ひとりで育てられた貧しい幼少時、孤独だった清八にある時、自ら“きき”と名乗る右手が話しかけてきて、唯一の友達になってくれたのだという。清八とききの芸は人気を博すが、本寸法の近江人形を操る腹話術師たちはこれを快く思わず、ある日の高座直前に、ききを丹波の松ヤニで固めてしまう。だが、いつもの「んぱんぱ」する口の動きを封じられたききは「僕は大蛇だよ」と名乗り、観客は新しいネタだと感心する。すると先輩腹話術師たちは清八の松ヤニで両腕を体にくっつけて固定してしまう。だが清八は“カミシモ”を切る動きで自分とききを表現、観客には「人形がないからこそそこにききの姿が浮かび上がる」斬新な芸能だと大いに感心、そこから“落語”という芸能が生まれる。悔しがる腹話術師たち、今度は清八の唇を松ヤニでくっつけてしまう。すると高座で清八がいつも以上にドカンとウケている。ここから“ぷるぷる”という芸能が始まったという「ぷるぷる由来の一席」というオチ。

『エコーイン』はこの日だけの余興のようなものと吉笑は言っていたが、『きき』は今後もやり続けるネタになりそうだ。

夜の公演は「伝説の高座が代官山に甦る! 三遊亭兼好『ちきり伊勢屋』」と題した兼好独演会。コロナ禍が本格化し始めた2020年3月2日、この代官山夜咄で兼好は『ちきり伊勢屋』を演じ、これが圧倒的な名演だったが、当時は配信もなく、この高座を目撃したのはごく限られた人数だった。そこで3年後の今、“アンコール公演”を配信ありで行なおうということになったのである。

麹町の質屋ちきり伊勢屋の若い主人、傳次郎が婚礼について占ってもらおうと、評判の高い易者の白井左近を訪ねると、「あなたは来年2月15日、九つの鐘を合図に死ぬことになる」と告げられる。亡き父のあこぎな商いで不幸になった人々の恨みによるものだという。店に帰った傳次郎は三日間悩み抜いた後、番頭に「これからは好きなように生きるよ。店は畳もうと思う」と告げ、番頭は「そうなさいませ」と優しく言う。兼好演出の最大のポイントは、傳次郎に愛情を注ぐこの番頭の存在だ。ちきり伊勢屋の番頭という存在をここまで重要人物に仕立てた演出は、兼好でしか聞いたことがない。傳次郎は奉公人たちに充分な金を与えて暇を出し、質で預かっていたものは総て返すと、番頭にも暇を出そうとするが、番頭は「私は最後まであなたのおそばにいたい」と申し出る。「番頭、最後まで甘えていいのかい?」「もちろんでございますとも」 幼くして親を亡くした傳次郎にとって、番頭は父のような存在だった。

面白おかしく遊んで暮らしたいという傳次郎に、番頭は遊び仲間として相模屋の若旦那(正太郎)と幇間(半平)を紹介する。傳次郎は莫大な財産を使い果たそうとするが、遊びだけでは使いきれない。番頭は「困っている人に施しをなさいませ」と助言する。2月15日までに使い果たすためは一日に300両という計算になる。遊びと施しで毎日300両ずつ使い続ける毎日。ある晩、施しをするあてが外れて300両のノルマが残ってしまった傳次郎と番頭の二人が、橋の欄干で身投げをしようとしている三人連れを見かけ、これを救う。山城屋という質屋の夫婦と娘で、火付けに遭ったことから借金が膨らんで店は取られ、娘を吉原に売る羽目になったが、やはり娘は売れないと、三人で死のうとしたのだという。聞けば借金は300両。傳次郎は山城屋に300両を渡し、「ちきり伊勢屋の傳次郎」と名乗って事情を話す。

2月13日、傳次郎は「お通夜を二晩、世話になった人たちを集めて芸者幇間をあげてドンチャン騒ぎしたい」と番頭に提案。いよいよ15日となり、早桶に入った傳次郎を皆で寺に運び、生前葬が始まる。正太郎が弔辞を読み、傳次郎が皆に別れを告げ、最後に番頭が「あなたが本当の子供であれば、どれだけよかったかと思っておりました」と言うと、傳次郎は「私もお前のことを父親だと思っていたよ。本当にお前が父親なら、死ななくて済んだかもしれないね」と言って、早桶の蓋を閉めさせる。皆が帰り、夜は更けて九つの鐘がゴーンと鳴る。

そこで場面が変わり、父親に勘当された正太郎が、品川の路上で占いをしている白井左近を発見。左近は人の生死を占った罪で江戸所払いとなっていた。左近の目の前に現われた乞食同様の男。「やっと見つけた! お前に騙されて私は無一文になったんだ!」と左近に掴みかかる。そこへ正太郎が駆け寄っていく。「傳次郎さん! 生きてると噂に聞いてました」「焼き場で焼かれるところ、あまりに熱いので起き上がった。泥棒まがいのことをして生き延びて、毎日こいつを探してた」 お前を殺して私も死ぬと言い募る傳次郎に、左近は「殺される前に人相を見たい」と言い、傳次郎の顔を見ると、恨みの籠った金を使い果たして死相が消え、施しを重ねたことで徳を積んだという。「あなたは自分で自分を助けたんです」「そうか……私は番頭に助けられたんだ。やっぱりあの時に占ってもらったおかげ、礼を言います」

さらに左近は正太郎の人相を見ると、傳次郎に「この人といれば運が開け、ちきり伊勢屋の看板を再び掲げることになります」と予言した。正太郎は傳次郎と共に駕籠屋をやることにして、夜中に出ていくと、最初に乗せた客が半平だった。「傳次郎さん、運が開けるってこれですよ」「本当だね。おい半平、お前を探してたんだ。番頭の行方を知らないか?」「ええ、噂に聞いてます。なんでも信州に引っ込もうとしていたところ、あなたが生きていると聞いて、縁のあった質屋で働きながらあなたを探しているるそうです。確か、この品川のどこかですよ」 半平から着物一式を譲り受けて身支度を整えた傳次郎は、正太郎と共に品川中の質屋を訪ねて歩く。やがて、山城屋という質屋で番頭と再会する。「まことに申し訳ございません! 私が白井左近を信じたばかりに……」と謝る番頭に、傳次郎は「手を上げてくれ。あの男に会ってきた。私は二人に助けられたんだよ」と説明し、「番頭、会いたかった……」と番頭の胸にしがみつくと、子供のように泣き続けた。

やがて番頭が傳次郎と正太郎を奥へ通すと、山城屋の主人が出てきて「その節は本当にありがとうございます」と傳次郎に礼を言う。身投げしようとしていたところ300両を渡して助けた、あの山城屋だった。「今があるのもあなたのおかげ、この店はあなたに預かっているようなものです。店をお返ししますので、ちきり伊勢屋の看板を出してください」と申し出る山城屋に傳次郎が「そういうわけには」と戸惑っていると、番頭が代わりに「ありがたく譲り受けいたします」と返答。「その代わり条件がございます。そちらのお嬢様と傳次郎様を夫婦にするのはいかがでございましょう。さすれば山城屋さんも傳次郎様の親、このままの暮らしができます」 すると山城屋も「それはありがたいお話、娘も傳次郎様にお会いするまではと縁談を断り続けてきた身。否やはありません」と賛同。「傳次郎様、それでよろしゅうございますな?」「でも番頭、私は生まれ変わったばかりだよ? 生まれ変わって、乞食になって、駕籠屋になって、質屋になって、そのうえ婚礼と言われても、どうしていいかわからないよ」「心配ですか? ではこの婚礼がうまくいくか、白井左近に占ってもらいましょう」

素直で上品な傳次郎と包容力のある優しい番頭の二人の関係を柱に据え、枝葉を整理して1時間弱で語りきった『ちきり伊勢屋』。2月15日の九つの鐘からの鮮やかな場面転換から始まる後半では新米駕籠屋の失敗で笑わせつつ、「番頭が傳次郎を探して山城屋の番頭になっていた」という設定でハッピーエンドへの道筋をすっきりさせた演出が秀逸だ。番頭との再会の感動は兼好版『ちきり伊勢屋』随一の名場面。通常はサゲのない人情噺として演じられるこの噺に、兼好は見事なサゲもつけて後味も爽快。前回とは微妙に異なる演出も加え、ひときわ磨きの掛かった名演だった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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