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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.160

1月28日(日)「志の輔らくご in PARCO」@パルコ劇場

1月28日(日)の演目はこちら。

立川志の輔『送別会』
立川志の輔『モモリン』
~仲入り~
立川志の輔『しじみ売り』

恒例の正月1ヵ月公演「志の輔らくご in PARCO」。今年は6日、21日、28日の3回、足を運んだ。もちろん同一演目。

1席目は今年ネタおろしの新作『送別会』。定年退職を迎えた同期の会社員2人が、かつて初任給で呑もうと立ち寄った蕎麦屋を43年ぶりに訪れ、2人だけの送別会を行なう。「子供たちがが年越しそばを食べようとしない」という話題をきっかけに昨今の風潮を嘆き合い、店員の若い男を巻き込みながら「昔はこんな風だった」と懐かしい話題に花が咲く。世代間の“常識”のギャップを扱うバラエティ番組の楽しさを落語化したような噺で、「昔の正月には自動車のナンバープレートにしめ飾りを飾った」という話題を持ち出した志の輔のセンスが見事。2人が期せずして用意した“贈り物”の心温まる顛末からのオチも素敵だ。この噺を終えて志の輔が高座を去ると、スクリーンに様々なレトログッズが映し出され、“自動車のしめ飾り”が爆笑を呼んだ。

2席目は『モモリン』。桃の名産地の市長が、ふるさと納税返礼品の桃をアピールする全国放送のテレビ中継直前、控室で何気なくご当地キャラクター“モモリン”の頭部を被ってみたら、ファスナーが噛んで取れなくなってしまう噺で、ゆるキャラブームの2014年にパルコで初演された演目だが、「ふるさと納税の返礼品」というワードを持ち込んだのは今回が初めてだったと思う。モモリンがバク転する“モモリンフラッシュ”の映像がYouTubeでバズってモモリン人気が爆発、皆がモモリンの登場を熱狂的に迎えて“モモリンフラッシュ”を期待される中、市長はモモリンになりきるしかなくなるというシチュエーションもさることながら、そこで志の輔が繰り広げる会話の数々が実に楽しい。初演時よりも面白さがパワーアップした印象だ。このドタバタが“偉大なる結末オーライ”に至る意外な展開がもたらすカタルシスは志の輔らくごの真骨頂。『モモリン』を終えると高座にくまモンが登場して志の輔の70歳を祝ったのも楽しい趣向で、『送別会』後の映像にあったレトログッズを持っている自己申告した観客とのハイタッチも大いに盛り上がった。

3席目は『しじみ売り』。元は志ん生の講釈ネタだが、志の輔は独自の演出を施して深みのある人情噺として磨き上げ、自らの十八番演目とした。この噺をこれほどの大ネタ人情噺に作り替えたのは志の輔の功績と言っていい。ネタおろしは2002年のパルコ公演で、当時はまだ年末数日間の興行だった。『しじみ売り』に限らず、志の輔の演じる子供は実に可愛い。その身の上話を聞いて“ある決意”をする男に漂う“風格”も志の輔ならでは。難渋している男女を救うべく渡した小判に刻印がしてあったことについて「金蔵を破るのに手こずって、必死に宿に辿り着いた後、眠っていたところを隣室の騒ぎで起こされて巻き込まれたので、刻印の有無を確認する暇がなかった」と経緯を明確にしたのは見事な工夫で、それがあるからこそ「純粋な善意による行為」であると強調されている。「金を渡した男は自分がどこの誰かをはっきり教えたのに、牢に入れられた若旦那は『恩を仇で返したくない』と言ってそれを明かさない」というのも志の輔が持ち込んだ設定で、だからこそ男の“決意”に聴き手は共感し、大きな感動を生む。男が“決意”したことで迎える心に沁みるエンディングも志の輔の創作で、従来の『しじみ売り』とは雲泥の差だ。何度となく聴いた志の輔ならではの逸品だが、今回のパルコで一段とスケールアップした感がある。2024年のパルコもやはり、最高峰のエンターテインメントだった。

#広瀬和生 #この落語を観た #立川志の輔

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