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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.151

10月4日(水)「三遊亭萬橘独演会“10月の萬橘”」@博品館劇場


広瀬和生「この落語を観た!」
10月4日(水)の演目はこちら。

三遊亭楽太『寿限無』
三遊亭萬橘『居候』
三遊亭萬橘『壺算』
~仲入り~
三遊亭萬橘『妾馬』

『湯屋番』の前半で居候の若旦那が「お前の女房に酷い目に遭ってる」と亭主にボヤく場面だけをたっぷり描くのが『居候』。萬橘は居候している家の女房の乱暴な口調を思いっきりデフォルメして笑わせた。

萬橘の『壺算』は、“買い物上手”なアニキがひたすら土下座して三円五十銭の一荷入りの水瓶を三円に負けてもらったものの、帰る途中で「本当は二荷入りが欲しかったんだけど」と言われて店に戻る、という展開。「最初から意図的に騙そうとしたのではない」という珍しい設定だ。「二荷入りは一荷入りの倍で六円」というのを店主が断わろうとするがひたすら土下座で六円に。この男の“買い物上手”というのが単なる土下座、という可笑しさと、その過剰な熱意を演じる萬橘のデフォルメの可笑しさが相乗効果を生む。

「一荷入りを三円で引き取ってもらう」ことになり、男が「ここに三円あるのは俺たちの金? じゃあこの三円と、一荷入りを……」と言い掛けると、店主が「素人がお金のことを何か言っちゃダメ! 玄人に任せなさい!」と制して「この一荷入りの水瓶は水瓶の形をしているけど三円で、ここに三円があるから合わせて六円ですね、二荷入りの水瓶をお持ち帰りください」と勝手に間違える、という意外な展開。帰っていく二人のうち買い物を頼んだ男が「あれ? 俺、金出してないんだけど。どういうこと」と訊くと「俺にもわからねえ」と、これまた意外な答え。「アニキ、あいつバカなんだ!」と大騒ぎしているのを見て店主が「手元に三円しかない」ことに疑問を抱いて二人を呼び戻すが、「水瓶の三円を渡してないから六円でいいんですね」と納得して二人を帰すが、「あいつやっぱりバカなんだ!」と大騒ぎする二人を店主が再び呼び戻すと“買い物上手”な男が「じっくり考えてみろ」と促し、店主が算盤を持ち出してさらに混乱していき……。

普通に負けようとしただけなのに店主が勝手に自滅するという驚愕の演出。発想も凄いが、それをドタバタ喜劇に発展させてどんどん笑いを生み出す萬橘の技量があればこそ。二人を帰した後で定吉が「番頭さん、ここに三円しかんですよ。二荷入りの水瓶持って帰っちゃっていいんですか?」とツッコミを入れると、番頭からこれまた意表を突いた台詞が出てサゲ。あえて伏せるが、見事なドンデン返しだ。さすが萬橘!という逸品。

萬橘の『妾馬』は、大家が八五郎を呼んで「殿様がおつるを見初めて屋敷に奉公させたいと言っている」と告げる場面から始まる型。評判のいい殿様でおつるも納得していると聞いて八五郎も同意する。おさげ渡し金の二百両をもらって立派な身なりで屋敷奉公することになったおつるが男の子を産んで“お鶴の方様”と呼ばれることになった……という経緯を地で語り、再び大家と八五郎の会話へ。屋敷に呼ばれた八五郎が殿様に対面する場面を萬橘独自の台詞回しで自在に演じて大いに笑わせる。おつるに対面した八五郎が「おまえ、ニコニコ笑ってるけど、本当にこんなところに来たかったのか?」と尋ね、「こいつは本当にいい奴なんだよ。可愛がってください」と殿様に言う八五郎の“妹思い”な様子が実に気持ちいい。

母親がメソメソしていたとおつるに告げたときには一瞬だけ人情噺めいたムードが漂うが、そこで“泣き”の演出を押すことはなく「おい、泣くなよ!」と八五郎が笑いながらおつるを励ますとすぐにカラッとした調子に戻り、「殿様と一緒に赤ん坊連れて長屋に来いよ」と言うのも気軽に誘っている感じで「孫の顔を母親に見せてやってくれ」という湿っぽさはなく、殿様に「蕎麦の一杯くらい御馳走するよ。うちの大家、面白いんだよ。三ちゃん(三太夫)も来ればいいや」と明るく言う八五郎が実に魅力的だ。「余もいずれは世に出ようと思っておった。表に出たらそのほうに案内してもらおう」と殿様が言うのも、この八五郎の人柄に惚れたからだろう、という説得力がある。「外に出たらどこへでもご案内しますけど、この中はわからないから、大家の履物があるところまでは案内を願います」という八五郎の台詞に続けて「このあと出世をいたします『妾馬』という一席でお開きです」とサゲた。湿っぽくしないことで“いい話”であると聴き手に納得させ、随所で大いに笑わせる痛快な『妾馬』だった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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