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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.153

11月6日(月)「代官山落語夜咄」@晴れたら空に豆まいて


広瀬和生「この落語を観た!」
11月6日(月)の演目はこちら。

林家つる子『芝浜』

前半長講一席ネタ出し、後半は僕と演者のトークという構成で2019年から不定期で開催しているイベント。2020年にコロナ禍に突入したことで配信も行なうようになった。今回の主役は林家つる子。テレビのどきゅけmンたりー番組でも取り上げられた“おかみさん目線の『芝浜』”を演じてもらい、後半は『芝浜』を含め、それ以降手掛けている『紺屋高尾』『子別れ』『妾馬』といった“女性側から見た”演出への取り組みについて語ってもらった。

つる子の『芝浜』は棒手振りの魚屋・勝五郎がお得意先の大家に鯵を売るところから始まる。そこへたまたまやって来たおみつが「この鯵、すっごく美味しそう!」と言うので、勝五郎は「わかるのかい?」とおみつの“魚を見る目”に感心。魚屋稼業が好きで生き生きと働く勝五郎に好意を抱いたおみつは、大家が取り持つ縁で勝五郎と夫婦になる。おみつも勝五郎以上に呑めるクチで、貧乏ながら二人で晩酌を楽しむ日々。だが勝五郎は自分の腕と魚を見る目に誇りを持つ余り、あちこちで喧嘩して得意先をなくし、ヤケ酒の量が増えていき、やがて河岸に行かなくなる。心配した大家がおみつの相談に乗り、「お前が『そんなに呑まないで』と言うから反発するんだ。今夜は呑みたいだけ呑ませてみろ。明日の朝、『ああ、やり過ぎた、申し訳ない』と反省して働きに行く。そう思うよ」と助言する。

すると翌朝、おみつが血相を変えて大家宅へ。大家の助言どおりにしたら勝五郎は河岸に行ったものの、五十両拾って来たのだと言う。「これで遊んで暮らせる、もう河岸なんか行くもんか」と勝五郎は夕べの残りの酒を呑んで寝込み、夕河岸が立つ頃に起こしたら「湯へ行く」と言って出かけ、次々に料理や酒を届けさせて友達を招いて大盤振る舞い、今は酔って寝ているという。「もうどうしたらいいかわからない」と泣くおみつに、大家は「お前はどうしたいんだ!」と言う。

「朝は河岸に行ってくれたあの人が、帰ってきたらもう河岸なんか行くもんかって……。私、酒呑んで遊んで暮らすだけのあの人とは一緒に居たくない。私が一時早く起こしちまったせいで……なんだって財布なんか拾って来ちまったんだろう。私があの人を起こす前に戻りたい! いっそのこと、これがみんな夢だったらどんなにいいか……」と嘆くおみつ。すると大家は「それだ! 夢にしろ!」と思いつく。「夢にしたら、起こす前に戻せる! 今ならできる!」と促す大家。「嘘が嫌いなあの人に嘘なんかつけない」「嘘にしなきゃいいんだ。今は夢にしろ。そうしたらあいつは明日から河岸に行く。いつか、もう大丈夫だって思ったら、その時に本当のことを言えばいい。それまでの辛抱だ」

ここからはつる子の地の語り。「おみつの言葉を信じた勝五郎はよほど申し訳なく思ったのでしょう、酒をやめて商いに精を出すようになり、お得意をどんどん取り戻します。一年後、落とし主が出なかったと財布が戻って来て『これで本当のことが言える』と思ったものの、どうしても言い出せない。明日は言おう、明日こそと思っているうちに三年の月日が経ち、その時の大晦日……」

そして、大晦日におみつが真実を打ち明ける場面に。財布を見せたおみつは大家とのやり取りを勝五郎に告げ、別れる覚悟で離縁状を懐に嘘をついたのだと言う。「財布が戻っても、どうしても本当のことが言えなかった。情けないよね……」 だが今年の夏、帰ってきた勝五郎が得意先での出来事を嬉しそうに話し、「俺は本当に魚屋になってよかった。これもお前のおかげだ、ありがとう」と言うのを聞いて、おみつは「もうこれで充分だ、大晦日にはこの財布を見せて謝ろう」と決めたのだという。

黙って聞いていた勝五郎は、おみつに礼を言うと「やっぱり夢だったか」と笑う。「三年も嘘つかせちまって、辛かっただろう。俺が不甲斐ないばっかりに、すまねえな」「怒らないのかい?」「怒る? 冗談云っちゃいけねえや、そんなことすりゃ罰が当たる」

ここですぐサゲに行くのではなく、つる子は独特なアレンジを施した。「それにしてもこの五十両、どうする? ……そうだ、年が明けたらこの五十両で、今度こそみんなに恩返ししていいか?」「それがいいね」「もう夢にはならねえな?(笑)」

年が明け、長屋を廻った勝五郎は、みんなを招いて御馳走する。ドンチャン騒ぎが繰り広げられる中、勝五郎はおみつに「お前も俺に付き合って三年も飲まなかったんだ。今日は呑めよ。呑んでもらいたいんだ」と言って酒を注ぐ。「そうだね、こんないい日に呑まなきゃお天道様の罰が当たるね」とおみつは素直に呑み干して「三年ぶりか……美味しい」と嬉し泣きしながら呑み干すと、「お前さんも飲んで」と勝五郎に勧める。「いや、俺はいいよ」「どうして? 私のお酌じゃ美味くないってのかい?」「違うよ、また夢になったらいけねえや」

75分を超える長講。勝五郎の女房おみつに焦点を当てたつる子の『芝浜』は、従来の『芝浜』とは一味違う感動を与えてくれた。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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