広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.161
2月3日（土）夜「双面四景」＠日本橋劇場
2月3日（土）夜の演目はこちら。
柳亭市助『道灌』
柳家さん喬『転宅』
柳家権太楼『井戸の茶碗』
～仲入り～
柳家福多楼『反対車』
柳家権太楼『天狗裁き』
柳家さん喬『ちきり伊勢屋』
さん喬・権太楼の二人会。さん喬の一席目『転宅』では、お菊は「高橋お伝の孫」云々という定番のくだりは抜きで、普通に「私、菊っていうの」と名乗る。さん喬の演じる色っぽくてしたたかなお菊にはこの演出が似合う。泥棒の財布から札を抜き取って自分のものにする場面でお菊は「男にお金たくさん持たせて外へやっちゃだめだよって、うちのお婆ちゃんが言ってたの。男は外で何するかわからないんだからって」と祖母を引き合いに出すが、もちろんそれは高橋お伝のことではない。前半でお菊を丁寧に描くことで後半の泥棒の間抜けさが際立つ、さん喬らしい一味違う『転宅』だ。
権太楼の『井戸の茶碗』では、千代田卜斎は仏像を引き取らないという屑屋に「この仏像は我が家に代々伝わる家宝のようなもの」と言い、この仏像から出た五十両を巡って大家が仲裁に入る場面では大家に「その茶碗でいいんですよ、二十両のかたに」と言われて「これは父から譲り受けたものだが」と言いながら差し出す。それが井戸の茶碗だとわかって高木の家来の良助が「あの千代田って侍はナニやってるんですかねえ」と呆れるのがなんとも可笑しい。屑屋のダイナミックな描き方で笑いを交えてグイグイ引っ張り、千代田と高木の武家らしさとの対照の妙で“いい話”として納得させる、権太楼ならではの『井戸の茶碗』だ。
前半も素敵だったが、後半はさらに圧巻だった。権太楼がこの日演じた『天狗裁き』では、「夢は見てない」という男について、夫婦喧嘩の仲裁に入った友人は「この野郎が『日本橋のおはるさ～ん！』って寝言で口走ったって、ここのカカァが言ってた」と大家に嘘の情報を与え、大家は「日本橋のおはるさんとか、黒門町のおそのさんとか、二人も女を追いかけてたんだって？」といつの間にか一人増え、奉行は「そのほうが夢で見たという日本橋のおはるさん、黒門町のおそのさん、浅草のおふゆさんの話が聞きたい」ともう一人増え、天狗は「おはるさん、おそのさん、おふゆさん、池袋のえりちゃんの話を聞いてやっても良いぞ」と迫り、天狗に爪を立てられた男は思わず「助けてーっ！ えりちゃーん！」と叫ぶと、女房が「えりちゃんって、誰？」と起こしてサゲ。お囃子の師匠連の名をモチーフにユニークな膨らませ方をした、衝撃的な爆笑編。まさか権太楼がこういう遊び方をするとは意表を突かれた。「爆笑王健在なり」とアピールする素敵な高座だった。
トリのさん喬は『ちきり伊勢屋』の全編通しを50分で演じた。さん喬の『ちきり伊勢屋』では、主人公のちきり伊勢屋の若旦那を清次郎、その清次郎と兄弟のように仲がいい幇間を善平として演じている。前半で施しをする中、この二人が待乳山で江戸の夜景を楽しんでいると、身投げしようとしている父と娘二人を見かけ、これを助けてわけを聞く。父は日本橋で反物仕立て屋を営む白木屋善右衛門。火事で総てを失い娘のおみよ、おみつの二人を吉原に売ろうとやって来たものの、どうしてもそんなことはできずに死のうとしたのだという。それを聞いた清次郎は三百両を渡す。後日、再興した白木屋を訪ねた清次郎は、長女おみよと想い合う仲になるが、死期が迫る清次郎はそっと身を引く。
全財産を使い果たしたものの二月十五日に死ななかった清次郎は、「人の生き死にを占った」罪で江戸ところ払いとなった白井左近に会い、「お前のせいで一文無しになった！」と抗議すると、人の命を助けたことで運命が変わったのだと言われる。幼馴染と駕籠かきを始めた清次郎は偶然善平と出会い、一文無しの清次郎の乞食同然の姿を見た善平は「旦那がくれた羽織ですから、とりあえずこれを」と羽織を清次郎に渡す。その羽織を金に換えようと質屋に行くと、奥に通され、おみよに再会する。質屋の主人は白木屋が二月十五日に亡くなったことを告げ、縁のある自分がおみよを引き取ったのだと言う。おみよは清次郎が白木屋に宛てた手紙を読んで、父が清次郎の身代わりになったと悟る。白木屋は妹おみつが婿を取って継いだと語る質屋の主人は、「おみよと夫婦になって、この店をちきり伊勢屋として再興してください」と申し出て、二人は末永く幸せに暮らしたというハッピーエンド。「ちきり伊勢屋という長いお話を、かいつまんでお話ししました」と結んだ。清次郎とおみよの恋物語を中核として作り変えたさん喬版『ちきり伊勢屋』、まさに名作、名演である。
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次回の広瀬和生「この落語を観た！」もお楽しみに！
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