見出し画像

【イベントレポ】東京藝術大学 卒業・修了作品展



東京都美術館と東京藝術大学を会場に開催された、第72回東京藝術大学 卒業・修了作品展へ。

平日にも関わらず、おそらく学生と思われる観覧者でごった返してした。特に東京都美術館では「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」が開催されていたためか、混雑が目立った。特にメディアやSNSで取り上げられた展示には、人混みができていた。

会場案内(公式ページより引用)

展示作品の数が多く、見落としているものもあると思う。特に関心があるのは、デザイン、先端芸術、絵画、彫刻なので、それらを優先して鑑賞した。
そのなかでも、気になった作品について取り上げたい。

Shallow Puddles

斉藤七海

自然と人工物の関係について考える。
本作品(Shallow Puddles)は、大学院在学中のスコットランド留学を通して制作した。
スコットランドは毎日雨が降るので無数に水溜りがあり、身近な存在だった。昼は車が通ると水飛沫が掛かったり夜は街灯が反射して美しかったり、水たまりの見え方の変化が面白いと感じるようになり、今回のような作品を制作するに至った。

私はこれまで陶を使って彫刻作品を制作してきたが、留学先に陶芸ができる環境がなかった為、陶芸せずに陶芸をしようと考えた。粘土で山を作って石膏で型取りすることで本作品を制作した。

作品制作を通して、人工物や水平なものと、そこに水が溜まる現象そのものに「自然」を感じた。私がそれらの間に入ることで「自然」を再現している感覚になった。一方で地球・地球外に、そして人間がコントロールし続けているシステム化された環境・社会のなかに「自然」は一体どこにあるのだろうか、と疑問を持った。
このような経緯から、本作品 <Shallow Puddles)で現代の人間中心主義的な環境に対する違和感や虚無感を映し出そうと試みた。

設計されたものなのに、そこにある水たまりは自然にあるもののように感じる。

千人結

里石真留美

千本の水引をたくさんの人で一緒に編んで、繋げて、巨大な帯を作りました。
「千人結」は、千羽鶴のような、祈りのかたち。青空の下に揺らぎ、日差しを浴びてキラキラと輝く、白くて巨大な帯。
これは、異なる地域に住み、異なる生活を送る人々の感性を、数密に、非言的に繋く帯です。
編むという行為によって人々に内省と没頭を促し、各々の内省の時間を繋げて、美しい常を完成させることで、人と人との根源的なつながりを主張します。
言葉だけでは分かり合えなくても、価値観が対立しても、作るという行為は普酒です。
ただ編む、繋ぐ、というプリミティブな行為の繰り返しによって作られる帯を通して、人々がみんな持っている、素な人間らしさを浮き彫りにします。

会場の説明文より引用

PLAYSYNC AI深海生物進化 インタラクション

胡皓然

現在、深海の80%のエリアはまだ探索されておらず、そこには70%の生物がまだ発見されていません。私たちは、どのようにしてこの神秘的なエリアを体験することができるのでしょうか?
深層学習技術に基づき、既存の深海生物のデータセットを利用して、敵対的生成ネットワークStyleganを用いて、新しいAI深海生物を訓練します。ChatGPT4 / Google Gemini 3でAI生物と現実の生物との形態や機能性の違いを分析し、新しい名前、行、生息環境を生成し、これらのAI生物を再分類します。
この作品は、人工知能を用いてまだ発見されていない深海生物を予測し、生物形態の研究にさらなる可能性を拓くを目指しています

会場の説明文より引用

深海の生物をAIを使って創造する試み。既知が存在する領域の未知を探るには、AIは強力な手段になるのかもしれない。

江戸図の領域観 — 「尾張屋板江戸切絵図」における歪みの読解を通じて

和田 啓

研究の動機
私たちは、知らない土地へ行った時や敷地の情報を得るために地図を使用する。この時私たちは地図を単なる・正確な平面形状の写像”であると捉えているように感じるが、地図を“都市を表現するメディア”として捉えてみると、地図は必ずしも正確である必要はない。作成者と受容者の都市に向ける視点や捉え方が同じでさえあれば、それは解読可能な地図ということになる。
つまり地図は、地図作成者の、また地図作成者の生きた時代における人の都市に対する視点を包括し表現しているものであると考えられる。翻って考えてみると、地図を解読することによって地図が描かれた時代における都市への視座が得られ、またそれをどのように表記しているのかという表現方法の発見ができるのではないかと考えた。
また地図の図式に見られる歪みを分析し、また歪みが持つ意図を解明することも本研究の目的として位置付ける。現代の我々がGoogle mapのようにGPSによって図式化された地図を見て街を歩く作法とは、異なる空間把握方法の発見を期待する。

会場の説明文より引用

「地図作成者の生きた時代における人の都市に対する視点を包括し表現している」という想像力、洞察力がすばらしい。

Decompose Diamond 植物から生まれたおちていくダイヤモンド

中村暖

何が美しさなのか?私は、物質が地球境と共存しながら、最後には揃えて無くなるという、特続可能な儚さにこそ、美しさが宿ると思う。
私は、創造するダイヤモンド作品で現代の価値と美しさを再定義したい。
2024.中村暖

会場の説明文より引用

メディアやSNSでも話題になった植物を由来としたダイアモンド。作者が警備員の格好をしている演出もいい。やはり注目されていて、このブースに人だかりができていた。

Shape of LIFE

谷口あかり

私は今回、人の行動が描く線の美しさを平面作品で表現しました。
人の動きは完全に止まることなく、常に緩やかな曲線を描き続けています。その生活の軌跡を図形として抽出することで、人の生活をのものに焦点を当てる試みです。
リサーチとして、私はまず100人分の生活標本を集めました。方法は、対象者の四肢にLEDライトを装着してもらい、普段通りに生活している様子を長時間露光で写真に収めました。
今年は、就職活動をしていたこともあり、「あなたの考えるデザインとは何か?」という質問を多くされたし、自分でも改めて考える機会が多かったです。
そのなかで、私なりに考えた、「デザインをする」ということの意味は、意匠や構造の設計だけではなく、利用者と、その利用者の生活までを考えることだと解釈しました。
近年は目まぐるしい技術の発展により、わたしたちの生活はより便利に暮らしやすくなっていると言われています。ですが、最新技術を使いこなせる人と、使いこなせない人との距離を広げることに、デザイナーが加担しているのではないか、という違和感を感じる時があります。
その距離を優しく埋めてあげる私なりの仮説は、「人の生活」そのものが、発想の出発点になるのではないかということです。「人の生活」そのものに焦点を当てることで、真に豊かな生活を提案することができるのではないだろうかとわたしは考えます。

会場の説明文より引用

「書」とはちがった身体性をもった作品。ピカソののライトドローイングとは異なり、描いているものではなく、身体の日常的な動作によって描かれている作品。とても魅力的な作品だった。

See thing

木村かおる

物を見ることは物を知ることだ。人類の技術は発展を遂げ、何処にいても何をしていても指先一つで全てを知ることができるようになった。知りたくないことまで鮮明に知ることができる我々は、今何を見て何を理解しているのだろうか。無差別に与えられる数多の情報は、その詳細さから逆に私たちを盲目にしてしまった。知的好奇心は不用意に満たされ、日常は見えているようで見えていないただの背景となった。

物事は粗く見ると全容が分かる。おおよそを把握し、物の特徴を捉え、知りたいことの詳細のみを調べる。
これこそ元来私たちが行っていた認知の行為だ。知りたいという気持ち、答えを水める気持ち。新鮮に物事を探究する機会の減った現代人にはそんな一歩を踏み出すきっかけが必要なのではないだろうか。

これらはそんな知的好奇心や推理力、考察力を引き出すための【解像度の低い立体造形物】である。粗い暖
味な見え方は様々な解釈を生み出し、想像力を働かせることができる。観察と推察を本能的に行い、とある日常のふとした気づきや感動を見逃さないための行動デザインの研究だ。

会場の説明文より引用

日常生活にあるものを故意に低解像度の物体にして、新しい考察力、想像力を獲得する試み。

雨の群像

楊 脩遠

「雨」は自然が平務状態の中で創り出す、極めて生命力に満ちた物質である。見かけは無形のように思えるが、実際には有形になる。雨粒が落ちることで形成される不規則な跡は、自然が大地の上に背き残す最も原始的な情報である。
本作は水紙の制作方法を用い、自然の原始的な情報を記録した。これは単純に自然を表現するのではなく、自然と共に創作する手段を通じて、自然界で最も神移的で不可思議な感動を探求するものである。私は1年かけて、毎日の天気状況に応じて紙パルプを
調整し、外に放置し、毎日の自然の変化により、紙には異なる痕跡が形成された。最終的に
365枚の紙から雨の紙を選び出し、1年間の「雨の群像」を構築した。本作の根本は自然の奥に潜む原理と魅力を持続的に観察し、そこから引き出した情報表現の可能性を視覚化する実験的なアプローチである。これによって、自然の表情から溢れ出る力強さや情報を体験してもらいたいと考えている。

会場の説明文より引用

錆を編む

佐々木誉士

鉄や朝から出た錆を布に固着させ、染色する染めという技法がある。
それは、金属から滲み出た鍋が時間をかけ、まるで、布に時を刻み込んでいくように模様を浮かび上がらせる。錆というと劣化や損傷、美観の損失などあまり良いイメージはないが、その劣化現象を逆手に取り、テキスタイルに落とし込んだ錆染めには、錆というイメージからは想像を超えるほどの色彩や、模様を生み出すことができる。このように、錆には多くの魅力や可能性が秘められていると感じた。
そこで、この錆びという自然現象による染めをコントロールすることで、新たな錆の価値や、錆が持つ様々な魅力を引き出せないかと考え、3Dプリンターを用いてコントロールし、表現の模索を行った。

本作は、布の裏地に編み込むように鉄と銅を施すことで、錆びさせる過程でさらに腐食が進み、そこから滲み出た錆は布を通して再構築され、異なる金属の錆同土が独特な錆模様として、布の表面に姿を現す。そして、作品上部から徐々に変化していく錆模様は、まさに錆が緩やかに時を刻んでゆく姿を写し出している。
この一枚の布の中には、形成される造形と、劣化によって生成される錆、形を変え現れる錆模様があり、それそれに紡がれた時間が内在し、そして今もなお、緩やかに姿を変え続けている。
この作品は、錆をコントロールすることで生まれる魅力と、錆そのもののコントロールできない魅力を併せ持つ染色技法で、錆が魅せる独特な色彩や模様と、その中で錆がいでゆく永い時の流れを、新たな錆染めとして一枚一枚の布の中に表現したものである。

会場の説明文より引用

Human Land

城 正樹

このプロジェクトは、作者の身体に土地のような区画を与え、ネット販売することて、社会から個人の身体に求められる要請を顕在化させると共に、身体を通して他者と対話を図ることを目指す。私たちは、自身の身体を自分のもの”であることを疑わない。爪を切ったり、豊にドライヤーを当てるとき、条行罪や傷害罪を脳裏に浮かべるひとは、おそらくいないだろう。しかし、死刑制度や無意識下ての医療行為があるように、本人の意思と切り離されて身体を扱う事例があることもまた事実である。世界人権宜言(1948年)を以て廃止された奴隷制が認められていた時代では人がモノとして扱われていたこともあった。そして、身体の所有権は未だにぶらりんのまま法律・倫理の世界を漂っている。そんな身体に線を引き、区画を与え、他者がその土地を扱うことを条件付きで認めてみた。結果、様々な欲望と出会うこととなった身体と、出会われる身体の製作の過程をここに展示する。ご高覧頂ければ幸いである。

会場の説明文より引用

「身体の所有権」について考えたこともなかったので、目から鱗だった。

Helmet Transform!

中川 智貴

 あなたは、今までに等感を抱いたことはありますか。きっと誰しもが自分ではないかに値れ、自分を顧みて落ち込んだことがあるのではないではないでしょうか。小さい頃で言えば足が速かったやつ、絵を描くのがすごく上手な子、一年生なのにもう掛け算できる天才、異常にモテてた幼馴染。大きくなってからは、劣等感はもっと復雑に私たちの体を触んできます。

今作品は、作者である私自身と、この学金に入学し4年間で育った劣等感からの解放をテーマに制作したものです。私の身の回りには、エネルギーに満ちて疲れ知らずで制作をする人、さらっと魅力的なビジュアルを作ってしまう人、言葉を巧みに鑑賞者の心をう人、自分の道を信じて一つのことを極める人。そんな人間で構成されています。自分には何ができるのか、他人にないものは何か、そんなことを関々と考え続けた4年間。気付けば私の中には周りへの等感が強く歯を張って居座っていることに気付きました。
 では、劣等感に対して正面から向き合うとどうなるか。私の場合、心身が壊れてしまいました。紙を広げペン先が面に擦れた瞬間、呼吸が洗くなり汗が滝のように流れ出します。街を歩き、そこになれる言葉や色彩が目に入ると、肩にズンッと飯を乗せられたよう。そんな日々を繰り返していくうちに、いつからか私は劣等感に打ちつことよりも、楽になりたい、こののループから解放されたいとのぞむようになりました。

 そんな私が一劣等感から免れて解放できる間は、バイクに乗っている時でした。生身の体を上に投げ出しているその間だけは、0.1秒後に死んでしまうかも知れない体心とその中で風を受ける心地よさだけが私の頭の中を支配し、日々の生活からの解放を与えてくれました。
バイクに乗る私にとってヘルメットは必要不可欠な道具です。ヘルメットを被るときは顔が潰れようが壁型が崩れようが関係ありません。顔が潰れて願くなろうが、むしろなんだか少しだけ強くなれたような気がします。生きている限り、劣等感は持ってしまうもの。でもそんな時にヘルメットをかぶって少しだけ気を持てたら、何かが変わるかもしれません。

劣等感から解放され、自分らしさを胸に生きていくために…
いざ!ヘルメットトランスフォーム!

会場の説明文より引用

自分もライダーだったので、とても共感がある作品だった。

スマホ依存症向け、ちょっとした勇猛な選択肢

林 宋其

現在のスマホに依存した状況を揶揄した作品。

Tokyo Detours

進藤 あすか

この作品もすばらしかった。ぱっと見、そう感じられないが、どれも街を撮影したもの。

積めない積み木

恒吉優紀

持ち上げると、積み木が積まれるのを拒否してきます。

会場の説明文より引用

各積み木は振動していて、組んでも必ず崩れるつくりになっている。

私のハムスターと、もう一つの旅

菅沼 杏

卒修展期間中にハムスター(夜行性)が回し車で走る距離を計測し、飼い主(昼行性)がその距離を実際に移動する、24時間リレーのようなパフォーマンスを行っています。
コロナ真っ只中の2020年、私は濃厚接触者として2週間の外出自粛を余儀なくされました。
健康な状態にも拘らず、ひとり部屋の中で過ごす私に寄り添ってくれたのが、ペットのハムスターでした。たった2週間でくじけている私とは違って、狭いケージの中で短い一生を終える彼に思いを馳せます。彼はなんのために回し車を回し続けるのでしょうか。毎日約10kmもの距離を走る彼に外の景色を見せようと思い立ちました。

会場の説明文より引用

閃光

増田 樹

ファンは、アイドルに向かってペンライトを振る。
声が届かなくても、遠く離れていても、想いが伝わるように。
そうして掲げられた匿名の光は、無数の星になって、観客席いっぱいに関く。
地上に落ちた夜空のように。

私はその星の1つでありたかった。

とある人に向けて、ずっと言いたかったことがある。
言えないままで、随分と時間が経ってしまったけれど、いまさら言葉にする気もないので、私はここからあなたに向かってペンライトを振ることにした。
今あなたがいる場所からは、私の姿はぼやけてしまって、よく見えないだろうけれど。
私の声が届くこともないだろうけれど。
それでも、私が頭上に掲げたそれは関光となって、あなたの度に続きつくだろう。
私はそれを少しだけ、期待している。

家族へ、恋人へ、あるいはもう二度と会えない離かへ向けて。
あなたなら、この光にどんな言葉を込めるだろうか。

会場の説明文より引用

I Was There

田中和昌

この作品は「影を捕まえる」というコンセプトを中心に展開されている。物体に光が当たったとき、影と光はいつも同時に生まれる。そこで影を作ることと表裏一体の関係にある現象は何だろうと考えた結果、日焼けや色あせという現象ではないかという結論に達した。別の言い方をすれば、日焼けの跡は「影の影」と言うこともできる。この概念を実証するために、私は太陽の下で畳の上に横たわり、数ヶ月にわたって自分の影を焼き付ける実験を行った。この記録方法は、色や形によって存在を解釈するのではなく、存在そのものを再現することが可能だと分かった。写真に比べれば情報の精度や量は劣るが、情報の憑性という点では写実的な絵画をも凌駕する可能性を秘めている。

100年後の鑑賞者たちへ
かって美術館でロダンの彫刻「歩く人」を鑑賞していたとき、彫像の表面にロダンの親指のくぼみがあるのを見て、そこに自分の親指を重ねたことがある。その時、彫刻の美的価値よりも時空を超えてロダンと対話できたことに感動した。私にとって、この作品は「生の象徴」であり、私がここで生きていた証を未来の人類に伝えることで、時空を超えたコミュニケーションを図る装置なのだ。言葉なんて必要ない。ただ、あの時、あの場所で生きていたという痕跡が、今を、未来を生きる人々の心を揺さぶり続ける。私がそうであったように。

会場の説明文より引用

つづくよ

伊藤 海

巨大なサイズと圧倒的なパースでとても迫力のある作品。

いきぬき

ジョーンズ 美月

とても洗練された描画で、しばらく見入ってしまった。年配の女性がこの作品に引き込まれるように長い時間、眺めていたのがとても印象的だった。

Virus From The Man

加藤凜太朗

販売していたら、購入を検討したいくらい魅力的な作品。

そこにひかりがいた

小林侑梨乃

金魚

河崎海斗

固体化された液体。常温でその状態を保つ非日常な姿は、時間を静止させているようにも見える。

CYCLE

牧 華音

音が見せた景色

白石 真子

真意 装身具を媒体としたオブジェ

髙橋 星

銀の装身具に込めた思い

「装身具はファッション用品ではなく、民族のアイデンティティなどを示すものであり、生活の美そのものである。アジアの人々にとって銀の装身具は、あってもなくてもいいものではなく、生きるために絶対必要なものでもあった。
当然、装身具に託す思いは、現代の私たちとは比較にならないほど大きく、強い。」
露木宏・村上隆・飯野一郎(2011)「聖なる銀:アジアの装身具」INAXギャラリー

現代では内容よりも美しさや華やかさだけがフィーチャーされるようになっている。
古代の装身具は外見を飾るためだけのものではなく、人間の内面的な胎さを補うためにその美しい外見が存在する。
身を飾ることで自分を美しく見せ、強く見せようとする行為は人間の虚栄心や外蔵への恐怖心に基づくものであり、その感情は皮肉めいて人間的であり美しい。

身体をモチーフに、血液、骨、臓器、感情など、目に見えない人体のグロテスクな部分や、排除されるような皮肉さを装身具という形で直接表現し、現代では忘れられようとしている装身具の根源的意味を探る。
また装身具に込められた根源的意味のように、隠れて目に見えないものが重要であったり、隠されて伝わらない言葉があったり、人それぞれが持ちうる見えない“真意”を作品を通して追憶する。

会場の説明文より引用

不気味さを感じると同時に、人体に内蔵されているものであれば、それが人間にフィットする装身具になるのは納得。

芹澤まりや(チワ族)

SNSでも話題になっていたこちらの「作品」。近くで鑑賞するとそのリアルな質感でやや不気味さを感じたが、しばらくするとその不思議な舞に引き込まれる。なお、この「作品」の動画撮影は禁止されている。周知が不十分なためか、遵守を諦められているためか、係員による警告は徹底はされてない印象。

HEART BEAT -knuckle head-

增田充高

問答無用の存在感。圧倒される作品。

視解

西村 玖太朗

最後に

とにもかくにも作品数が多かった。丁寧に鑑賞したら、半日かかってもおかしくない規模だった。SNSには、自分が鑑賞できなかった(見落とした)作品も紹介されており、漏れなく鑑賞するには、複数回に分けるな、複数人で訪れるのがよさそうである。

東京藝術大学に限ったことではないが、こういった芸術系大学の作品を鑑賞すると鋭い洞察力、観察力からくる「問い」の設定と自己の内面の表現方法と表現力に圧倒されるし、それらに触れるのはとても刺激的で面白い。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?