ショック・ドクトリンとハイエク

NHKテキスト100分de名著「ショック・ドクトリン」を読んで、アレッと思うことがありました。当該書は話題になったときに、図書館で借りて読みましたが、読んでから時間が経過していますし、飛ばし読みでしたので、記憶はあいまいです。

そしてハイエクに関しても、『隷属への道』を、かつて読んだだけです。

 一九八一年。改革後のチリを訪問したハイエクは、ピノチェトとシカゴ・ボーイズの「奇跡」に大きな感銘を受けると、早速信奉者の一人だった当時の英首相マーガレット・サッチャーに手紙を書きました。
 「チリを見習ってショック療法を取り入れるよう」勧め、イギリス経済をケインズ主義から新自由主義へと転換するよう促したのです。

堤未果 100分で名著ショック・ドクトリン 37頁

「あれっ?」と思ったのは、ハイエクって、設計主義を否定して消極的自由を擁護しようとしていたのではなかったっけ、という記憶があったからです。というわけで、仲正昌樹『いまこそハイエクに学べ 「戦略」としての思想史』を読み直しました。

反自由主義の底流としての集産主義には、どのような共通の特徴があるのだろうか。一言でいうと、「ある決定的な社会的目標に向けて、社会全体の労働を計画的に組織化」しようとすることである。この「社会的目標 social goal」をどこに振り向けるべきかの意見の違いによって、ファシズム、共産主義などの違ったタイプの集産主義になるわけである。 

40頁

この「集産主義」も設計主義に含まれている、といえます。

 一九六〇年代半ば以降のハイエクは、こうした社会全体を合理的に(再)設計しようとする思想の系譜あるいは傾向を、「設計主義 constructivism」と呼び、自らが擁護する[自由主義―個人主義]と対置するようになる。

66頁

チリの改革とは、『100分de名著』によると、一九七〇年の大統領選で社会党のサルバドール・アジェンデが当選し、国有化を進めていくことに危機を感じたアメリカが、一九七三年にアウグスト・ピノチェト将軍を支持し、クーデターを成功させ、民営化へと舵を切る、というものです。

たしかに、ハイエクは社会主義を否定しています。が、チリの革命も暴力と「陰謀によって、社会全体を合理的に(再)設計」しようとしていたのだ、との印象も、またもちます。

(ハイエクは)政府あるいはそれに相当するような強い権力を持った組織が、経済を全面的に管理し、財の配分を均質化するような提案には全面的に反対するが、ルールにおける不公正を是正するための議論や、協力を促進するためのロールズ的な提案であれば、むしろ歓迎することだろう。

219頁

ハイエクは、積極的正義を〈「大きな社会」へと向かう進化のプロセスが、(略)消極的であるがゆえに普遍化可能な性質を獲得した「正しい振る舞いのルール」に不満を持ち、具体的な目的を実現することをめざす積極的な正義の基準を求める人がいるとすれば、そうした態度は、「大きな社会」以前の、部族社会的な感情の名残である。〉(178-9頁)として否定し、「大きな社会」では利害が対立しあうために、消極的自由(正義)だけしか共有できない、と述べています。

堤未果『100分de名著 ショック・ドクトリン』NHK出版 2023
仲正昌樹『今こそハイエクに学べ 「戦略」としての思想史』春秋社 2011


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