皮膚か小脳か、そして意識

 熱々のお皿を触ると、とっさに手を引っ込める。指先に焼ける痛みを実際に感じるのはその数秒後だ。(略)皮膚の受容器がお皿の熱さを感知すると、指から腕、さらに脊髄まで、知覚神経を介して神経パルスを送る。このインパルスは、脊髄の中で小さな介在神経を経由して運動神経に伝えられる。そして運動神経からのインパルスが筋肉に伝えられ、活性化した筋肉が手をさっと後に引く動きをするわけだ。脳での信号処理は行われないので、この反応はまったく無意識に起こる。

モンティ・ライマン『皮膚、人間のすべてを語る』みすず書房 2022 151頁

たしかに、とっさに手を引っ込めて、その後に熱さや痛みを感じる、ということは、良く経験することですし、あまり不思議に思ったこともありませんでした。皮膚を起点としての反応として説明されています。しかし次のような見方もありそうです。

(略)小脳は、たくさんの独立した部分(モジュール)からできており、モジュール同士は基本的につながっていない。感覚器などから小脳に信号が入力すると、その信号はあるモジュールのなかで処理されて、結果はすみやかに小脳から出力される。そのあいだ、他のモジュールは関与しないのだ。
 しかし、そのおかげで、小脳はすばらしい速さと正確さで信号を処理することできる。仮に、モジュールのあいだで情報がやり取りされれば、その分時間もかかるし、エラーが起きる可能性も高くなるので、正確さも低くなるだろう。

更科功『禁断の進化史』NHK出版新書 2022 189・90頁

この引用にしたがえば、手を引っ込めるのに小脳が介在している、ともとれそうです。小脳は独立したモジュールからできているのだから、以下のような意志を持たないゾンビを支配しているのでしょうか。

 (略)たとえば、心臓は、適切な速さで拍動を続けて、血液を体のすみずみまで送り届けている。(略)
 だからこそ、私たちは生きているいくことだが、これらの臓器の動きが意識に上ることはほとんどない。(略)
 つまり、今さら言うまでもないかもしれないが、生きるためには必ずしも意識は必要ないということだ。(略)
 (略)こういうゾンビは、私たちの生命活動のほとんどを占めている。

同前 138・9頁

さまざまな臓器のはたらきには、おそらく、小脳はかかわっていないように思われます。そして、皮膚もそのような臓器であるとするならば、小脳を介していないのかもしれません。そして更科は「生命活動の99パーセント以上は、こういうゾンビが行っているのではないか」と推測しています。

意識は「モジュールのあいだで情報のやり取り」により生じるのであろうし、時間もかかるし、エラーも生じやすくなる、というリスクがあります。99パーセントの生命活動と1パーセントの意識との対立が、特に人には大きいようです。

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