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3分講談「3万年前の航海」 (テーマ「海」)

 日本列島に、私たちの祖先が暮らし始めましたのは、今から約3万年前―旧石器時代のことだそうでございます。大陸から日本列島へ、人々がやってきたと考えられる道筋のひとつが、台湾から与那国島へ渡るというルートです。けれども、このルートには、流れの速い黒潮が南北に横たわっておりますから、動力のない船で渡るのは至難の業。ではいったい、3万年年前の人々は、どのようにして辿り着いたのか。
 この謎を解くために、壮大な実験を行ってまいりましたのが、東京・上野にあります国立科学博物館の研究チームです。2016年から、様々な素材を使って船を作り、実験航海を繰り返してきました。しかし、なかなか成功にはたどり着けず、いよいよ最後の航海を行うこととなりました。
 2019年7月7日。台湾東岸の浜辺に、一艘の丸木舟が浮かべられました。船に乗り込みましたのは、船漕ぎのプロである男女五人。笠をかぶり、手には各々、船を漕ぐための櫂を握っている。日が少し傾きました午後2時半すぎ。遥か200㎞先の与那国島を目指して、五人を乗せた丸木舟は、滑るように海上へと漕ぎ出しました。
 昼のうちは太陽、夜になれば星の位置をたよりに進むべき方角を決め、不眠不休で漕ぎ続けるという過酷な航海。それでも、翌7月8日の朝までには、航路も大幅にはずれることなく、100㎞近くを漕ぎ進めました。
しかし、2日目は同様にはいかなかった。照りつける太陽に体力を奪われる中、北へと押し流す黒潮に抗うため、力を込めて漕ぎ続けなければなりません。「もう無理だ」「踏ん張れ!」。必死で励まし合うものの、肉体的にも精神的にも、限界が近づいていました。
 漕ぎ手たちは、苦慮の末、一か八かの決断をいたしました。「漕ぐのをやめて休もう」―。幸い、潮の流れは穏やか。夜になっても星がくっきりと見え、方角を失うことはなさそうだ。狭い丸木舟の中、全員が漕ぐ手を休めて仮眠を取った。漆黒の大海原に頼りなく漂う、小さな丸木舟。どこへ流されるかも分からない。このまま航海はまた、失敗に終わるのか―。
 そうして迎えた3日目の朝。東の空がぼんやりと白み、水平線から朝日が昇り始めます。体力を回復した五人は、いざ再び、と櫂を握りしめて漕ぎ始めた、そのときだ、ちょうど真正面、朝日の中にぼんやりと、何かの輪郭が浮かび上がった。「見えたぞーっ!」五人の目の前に現れましたのは、まぎれもなく、目的地である与那国島の姿でした。
 こうして、7月9日午前11時48分。台湾を出航してから実に45時間後、無事に与那国島へと到着。3万年前の実験航海は、見事に成功を収めたのでした。


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