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第四回タンメン会 越谷「高柳亭」


「おめえに食わすタンメンは、ギョーザのお土産つきだ」
の巻

2022年5月

大雨だろうと、タンメンは食べる。
なぜなら、我々はタンメン会だから。
遅延する中央線、ほぼ通常運転の山手線、遅延する常磐線と乗り継ぎ、
♪たどり着いたら〜いつも雨降り〜(byモップス)
南千住は土砂降りでした。

このあと、全身濡れネズミとなる。


大腿骨骨折からの回復途上にある大川さんをテクテク歩かせるわけにはいかないので、今回も大川家集合である。
そうしておいて、よかった。雨でまたスッテンコロリンされたら、タンメンどころかアーメンになりかねない。
大川家に着いたときには、ジーンズびちょびちょ、バッグはぐちょぐちょ、帽子もべちょべちょ。
もう今日のタンメンは出前でいいか。格差社会の悪しき新事業とぼくが目の敵にしている、料理の宅配に屈する日がついにきたか。

新品の冷蔵庫と廃品寸前の大川さん。

めげているぼくにタオルを差し出しながら、大川さんはご機嫌。
「見て見てー、新しい冷蔵庫、買っちゃったー」
そいつはえかったのー。断捨離のお年頃になっても、家電の買い替えは仕方ないし、いくつになってもお買い物は楽しいものだ。
ぼくより早く到着し、前回に続きオーディオ技師を務めていたマコトが、ステレオをオン。
「わー、音がぶあつーい。わーい」
生活の向上も嬉しいものだ。
「レコードだけじゃなく、CDの音もアップさせたぞ」
命じられて雨の中持ってきたGSのCD(さあここで、ほとんどいないと思われる20代以下の方にクイズです。GS、CDそれぞれなんの略でしょう。正解は両親か、祖父母に訊いてください)から、ゴールデンカップスをお届け。
「♪長い髪の少女〜」
短い髪のお婆さんが、ノリノリで歌い出す。
このまま、懐メロ歌謡ショーに突入か。
いやいや、我々はタンメン会である。スナックより、町中華が似合う3人だ。(大川さんは、ゴールデン街のママだけど)

ステレオはグレードアップ、我々は日々グレードダウン。

すでに近隣の訪問候補店は選んであったが、雨のためマコトはクルマで来ていた。
ならば、ドライブがてらも悪くない。大川さんの足を思えば、むしろいい選択だ。
「小旅行しますか」とマコト。
「トリップって、やつだね」とぼく。
「ふたりとも古いなー。プチ旅行でしょ」と得意げに大川さん。あんたが一番古い。アンノン族か。
「行くなら、埼玉県だな」
「えー、なんで埼玉なの」
「ここは、ほとんど埼玉県だから」
「失礼な。ここは荒川区だよー。マコトくんの住んでる足立区じゃないんだからね」
「おれは板橋区だ。全然違う」
「千葉県も近いな」
「千葉はいや。柄が悪いから」
意見はあるが、面倒なので聞き流す。
三人で検索開始。
そして、イカしすぎた外観の店をぼくが発見。メニュー写真から、タンメンがあることを確認。ふたりに見せると、
「おー」「いいねー」
決まり。
町中華カラーに染め上げられた20年近く乗っているマコトの愛車、国産5ドアの「赤い跳ね豚」号に乗り込み、レッツゴー。目指すは埼玉県越谷市のどこか。
もちろん、だれも行ったことはない。近づいたこともない。今日が雨降りでなければ、一生縁がなかったであろう場所だ。年配者にとっては、ささやかな冒険ともいえる。
「タクシー以外のクルマに乗るの、久しぶりだー」
大川さんは大はしゃぎ。バスにも乗れよ。
ドライブ開始からわりとすぐ、雨は上がった。
「空が青いなー」
「雨がやんだばかりで、雲だらけだよ」
「空が高いなー」
「だから高くないって」
「緑が多いなー」
「田舎って言いたいんじゃない」
「住みたくはないなー」
「おいおいおい」
街道をそれ、クネクネした道をあっちへこっちへ、やがて町と集落の中間みたいなとこへ。
着いた。元は庄屋様かと思しき大豪邸の横に、(家ではなく店だから、そしてまわりに店なんてないから)ポツンと一軒軒。
どこにも屋号は見当たらなかったが、「高柳亭」だから、より正確にはポツンと一軒亭だ。

水色のなか、暖簾がポツン。
絵に描いたような町中華の内装。

赤字でラーメンと染め抜かれた白暖簾が、ジイサンとバアサンの原風景と重なり、店の前に立っただけで、「美味しゅうございました」と頭を下げたくなってくる。
引き戸を開けると、小上がり前にいくつかテーブルが並ぶ小体な店の厨房に、いい出汁出し尽くした末に仕上がった、味わい深いお顔のご主人夫婦が。
ほわわわわ〜ん。いくつになろうと、我々タンメン会3名には至れない、昔話のおじいさんとおばあさんの佇まいである。
「ビールとギョーザ二枚」
と定番注文に、運転手で飲めないマコトが「肉野菜炒め」を追加。
「肉と野菜がいっぺんに摂れるんだよ。最高のひと皿だって」
「好きなんだねー、健康が」
「いいけど、タンメンと被ってるし、中華って、だいたい肉と野菜じゃない」
「いや天津丼なんて、ほぼほぼ卵だけだよ」
「それを言ったら、日本料理のだし巻き卵は、もっとほぼほぼ卵だぞ」
タンメンが関東以北の食べ物であるように、天津丼は関西方面の食べ物である。だが、我々はタンメン会で、タンメン学会ではないので、ここから有意義な議論など生まれず、話はすぐに飛ぶ。
マコトは小さな張り紙を発見。

雨上がりの虹のごとき空間。
埼玉だか千葉だか千住だかの元ヤンにして元ヤング。
マカロニサラダに愛を見た。

マコトは小さな張り紙を発見。
「あ、ノンアルコールがあるんだ」
注文しようとすると、お父さんがニマーと笑ってみせた。
「すみません。わたしが飲んじゃいました」
切らしているだけかもしれないが、この受け答え、好きだなあ。
さらにお母さんが、ウーロン茶を持ってきてくれた。
「かわりに、これ、飲んで」
サービスとも言わずに。水、出てるのに。やさしさ溢れる阿吽の呼吸。神社は狛犬ではなく、ここのお父さんとお母さんの像を置いておくべきではなかろうか。

これで栄養バランスはバッチリ。
なんかかわいい餃子。
なんかかわいいマコト。

肉野菜炒め、登場。すぐにギョーザも登場。
どちらも余分な主張のない味なのに、プロの味に仕上がっている。家庭の味ではなく、家庭以外の味が食べたいときに求める味なのに、たぶん毎日食べられる。
「わたしたち、東京から来たんです」
感動したのか、頼まれもしないのに、大川さんがここで自己申告。
「それを言うほど、ここは遠くない」
「とくに南千住からは」
さてさて、期待を高めつつ、タンメンを注文。

味変、または口変にキムチつき。


こいつがまた、よかった。細麺で、各種野菜と豚肉少々で構成された、昔ながらのオーソドックスなタンメンだが、スープに野菜の滋味が染み込んでいて、ほぼ飲み干してしまった。パンチではなく、やさしく胃の腑を撫でられる、情に溢れた市井の上品。山本周五郎の筆で「青すぷ物語」を読んでみたくなる。あとで喉が乾くなんてこともなかった。
遠出の甲斐はありすぎた。
お勘定をお願いすると、お父さんが、
「ちょっと待って。いま、お母さんがギョーザ包んでるから」
あとから来た常連さんの注文かなと思ったら、なんとぼくたちへのお土産だった。

まさかの事態進行中。


「東京から、わざわざ来てくれたから」
「ガソリン代です」
ぼくは大川さんを睨みつけてやった。余計なことを言うから、いらぬ気遣いをさせてしまったではないか。
大川さんは舌を出した。子どもか。
「勝手に来たんですから」
「来てよかったし」
「ならば、お金払います」
「小金なら、あるんです。マコトが」
やりとりはあったが、有り難く頂戴した。
お勘定は、4千円にならなかった。
いいのか、日本国。
いや、ここは日本国埼玉県越谷市のどこかなのか。もしや、桃源郷なのではあるまいか。

桃源郷にて。


おみやげつきとは、、、


みんなで記念撮影をした。
お腹はもちろん、心までお腹いっぱいになった。さらば、住宅街にひっそりと咲く一軒の町中華よ。
食後はコーヒーである。
道の駅「川口あんぎょう」に寄って植木見物をして、二階のレストランへ。休業。

着いたぜ、道の駅。
でも、喫茶店は休み。


喫茶店を求めて、「赤い跳ね豚」号を走らせるが、ない。たまに見つけると、どこもすでに閉業している。いいのか、日本国。
「埼玉県民はコーヒー飲まないんだね」
と大川さん。南千住だって、いい喫茶店ないくせに。
竹ノ塚に行き、街をぶらつく。結構、大きい街だが、喫茶店がない。
「竹ノ塚のひとはコーヒー飲まないんだね」
と大川さん。じぶんちにはお茶しかないくせに。
ヘトヘトになり、通行人のおじいさんに訊ねると一軒、教えてくれた。
「あとはドトールしかないよ」
教わった店は臨時休業だった。がっくし。

竹ノ塚をさまよう。
臨時休業、がっくし。


人生、当たりばかりではない。本日の運はタンメンで使い果たしたのだ。桃源郷を出ると、そこには世知辛い21世紀の日本国が待っていた。
諦めて、ドトールに入り、アイスコーヒーのLサイズをごくごく飲む。喉が渇いたのは、決してタンメンスープのせいではありません。
「そういえば、前回のあまりのおバカぶりを挽回すべく、今回は日本の将来について語るんじゃなかったっけ」
ぼくが振ると、大川さんは言った。
「ドトールでは語りたくない。そんな年寄りにはなりたくない」
大川さんにも、矜持はあったのだ。ドトールもコーヒーを出すし、休憩もできるし、我々もこうして利用するが、たとえば「学生街の喫茶店」というときの喫茶店ではないとする文化的思考ができるのだった。

「赤い跳ね豚」号ともに。


ただ、本人の不名誉のため、最後にこれは書いておこう。
道の駅近くに「安行」と漢字表記の看板を見つけ、大川さんは言った。
「あんぎょう、ってこう書くんだ」
生きている限り、学びの日々はつづく。

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