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長靴で会いにきた編集者の姿を見て、私はこのレシピ本の出版を決めた


2020年4月、
発売と同時に話題を呼び、現在までの発行部数が20万部を突破した

カレンの台所最終装丁





が、


「料理レシピ本大賞in Japan2021」の料理部門大賞を受賞しました。


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著者の滝沢カレンさんは授賞式にオンラインで参加、
涙を流すほど感激していました。

作り方のステップを表す番号も、
食材の分量も書いていないレシピ本
が、
レシピ本の賞を受賞したのは画期的なことです。


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この本の特徴を紹介します。

※この記事の一番下に「試し読み」ページがあります


登場する料理は
「鶏の唐揚げ」「グリーンカレー」「麻婆豆腐」「カニクリームコロッケ」などの定番ばかり。

レシピはそれぞれ、エッセイのような作り方の説明、ポイントを伝えるイラスト、完成写真の構成になっています。巻末には、材料のリストも。
エッセイの部分が独特の「カレン節」なのですが、なぜか分かりやすいんですよね。
たとえばハンバーグ。
焼く段階について、
「何勝手に洋服羽織ってんの⁉と思ったら、その驚きを味方にひっくり返してください。茶色のあったかそうな洋服を着てるはずです」
と解説。

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どこを切り取っても独特な世界観




レシピの世界には独特の言い回しがあり、慣れない人には理解しづらい場合があります。
たとえば「ひと煮立ちさせる」って何分間?「そぎ切り」って何? と思い挫折してしまう人もいるのではないでしょうか。
そうした慣用表現が一切出てこないカレン節は、感覚的に料理の状態がよくわかる、と評判です。
料理には、五感を使って状態を見極めることが大事で、その手助けをしてくれるレシピだからです。




画期的なレシピ本が誕生したいきさつを、
滝沢カレンさんと担当編集者の大川美帆さんにお聞きしました。


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きっかけは、
「2019年秋にすごく食器を好きになって、自分しか見られないのは悲しい、誰かに見せたい」
と思ったカレンさんが、自身のインスタグラムで料理の投稿を始めたこと。
投稿すれば、誰かがスタイリングなどのアドバイスをくれるかもしれない、と思ったのです。

投稿には、料理しながら浮かんだ物語も文章化してつけたところ、
「すごい料理が楽しそうですね」「作ってみました」といったリプライが来るのに驚いたのだとか。

実はカレンさん、昔から物語や書くことが好きだったのですが、自分の文章を人に読んでもらえるとは思っていなかったそう。
冬になると、さまざまな出版社から「これを本にしませんか?」と呼びかけられ、驚くカレンさん。

「いい人ばかりだけど、私には今一つ本にする理由がない。最後に来られたのが、サンクチュアリ出版の大川さんでした。大川さんは、私が投稿したレシピを、仕事を依頼したいからではなく観てくださっていたことが伝わってきました。年が近いこともうれしかったんです」

「大川さんに応えたい」とカレンさんが決心したのは年も押し詰まった頃。

カレンさん:
お会いしたとき、大川さんは長靴を履いていました。理由をお聞きすると、実家に帰る日だったのを、私のために時間をずらしてくださったんです。この人についていったら何も怖いものがないんじゃないか、と思って決定しました」

※注 長靴)実際には北海道の実家に帰る予定だった大川さんが、飛行機をキャンセルして雪用のブーツを履いたままカレンさんに会いに行きました



大川さんはなぜ、カレンさんの本を出そうと思ったのでしょうか。

大川さん:
「私自身が、今までどんなレシピを読んでも料理できなかったんです。ところが、カレンさんの中華丼のレシピをインスタで読み、その言葉を頼りに作ってみたら、本当にできたので驚きました。食材と共同作業する感覚が、すごく楽しかったんです」

そして、「料理をやったことがない人向けに本を作りたい」と話したところ、カレンさんが「初めて1人暮らしをする女の子が、料理する気になってくれればすごくうれしい」と返し、刊行が決まりました。

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「初めて一人暮らしをする女の子」に寄り添う作り





カレンさん:
「子どもの頃、同居する祖父が塩分を控えなければならなかったこともあり、食事は祖母が作る薄味の魚料理が中心で、あまり食べることに関心が持てなかったんですが、高校生になって友人と食べたハンバーガーやフライドポテトに衝撃を受け、食べる楽しさに目覚めたんです」

そんなある日、手持ちのお小遣いが乏しくなったのにお腹がすき、レトルトのミートソースを買ってパスタを作ってみたら、

カレンさん:
「食べるものを自分で作れるんだ、と知って料理にハマりました」

初めのうちは、鍋にバターを1パック入れてから揚げを作る、分量を量る大さじも理解できないほど、基礎知識がありませんでしたが、
『キユーピー3分クッキング』(日本テレビ系)や『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』(朝日放送)などを見て、材料リストの画面を写メするなどして学んでいきました。

レシピ通りに再現するうちに「言われた通りに作って食べるのは疲れる、と思うことが増えた」というカレンさん。
「そのうち何も観ないで作るようになりました。
失敗すると、しょっぱいのは醤油が多いんじゃないか、などと考える。
やがて、計量カップも計量スプーンも居場所をなくしていったんです」

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料理には正解がないから、自分の感覚で楽しんで欲しい。


というカレンさんの視点が、フードライターである私にはありませんでした。

大川さん:
「食材を見ながら自分の感覚でやる楽しさを、一番伝えたい。
普通のレシピのルールは、むしろ必要ないと思い切りました」

カレンさんは想像力が豊かな人です。ファンタジックな比喩表現も、料理をしているときに浮かんでくるそう。
「その日に料理して、作った頭のまま書かないと物語が消えてしまう」ので、スケジュールは厳しくなるが、撮影の日にレシピを書く段取りにさせてもらいました。

カレンさん:
「毎日料理をしていますが、疲れていて全然書きたいと思わない日もあります。撮影のときに書けるか不安があったんですが、1週間の撮影の間、ずっと書いていたい気持ちになれました」

なんと1日7作品程度のハイペースで執筆。

刊行当初の4月は、
折しも新型コロナウイルス感染拡大中による最初の緊急事態宣言中でした。

しかし発売と同時に
「カレン飯サイコー」といった男性や、
「子どもと一緒に作ってみました」という女性、
1人暮らしをしている人の「1人じゃない気持ちになりました」
といった声が続々とカレンさんのところに届きました。

カレンさんの本は、不安な気持ちを抱える人々の癒しになったのです。

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近年、吹き出しでコツを説明するなど、パターン化された言い回しにとどまらないレシピ本は増えています。
それでも、実用書で正確さを求められるため、パターン化された表現が多いのは事実。
それが分かりにくいと感じ、料理を敬遠する人もいます。
分量に頼らない、という主張も最近見られるようになってきています。
ベテランの人気料理家、有元葉子さんの『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(SBクリエイティブ)も2018年に料理レシピ本大賞inJapanで入賞。
同年、ジャーナリストの稲垣えみ子さんの『もうレシピ本はいらない』(マガジンハウス)もエッセイ賞を受賞。

カレンさんの本は今年の大賞。
レシピは本来、正解ではなく料理する人の手助けになるもの。
そうした本来の姿を思い出させてくれるカレンさんの想像力豊かな表現は、レシピの幅を広げるブレイクスルーになるのではないでしょうか。


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カレンさん、受賞おめでとうございます!


こちらで試し読みができます⤵



滝沢カレン_宣材


滝沢カレン
1992年東京生まれ。
2008年、モデルデビュー。現在は、モデル以外にもMC、女優と幅広く活躍。
主なレギュラー出演番組に『全力! 脱力タイムズ』(フジテレビ)、
『沸騰ワード10』(日本テレビ)、『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日)、
『ソクラテスのため息~滝沢カレンのわかるまで教えてください~』(テレビ東京)など。


クレジット 植田真紗美



インタビュアー/阿古真理
作家・生活史研究家 1968年兵庫県生まれ。東洋経済オンライン、現代ビジネス、FRaU、クックパッドニュースなどで食のトレンド、家事、ジェンダーをテーマに執筆するほか、食を中心にした暮らしの歴史やジェンダー関連の本を執筆。主な著書に『昭和育ちのおいしい記憶』(筑摩書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『小林カツ代と栗原はるみ』・『料理は女の義務ですか』(共に新潮新書)など。







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