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地質学考 その2 見えないものは分かりづらい.

 日本語で書いているので,読者のみなさんは日本語ユーザーと思いますが,日本国内で,地質学にふれる一番の機会は,学校の理科の勉強だと思われます.日本の小学校では,6年生で地層や火山・地震について勉強します.また,中学1年生で,同じく地震・火山・地層・化石・プレートテクトニクスについての学習があります.多分,日本人の常識としての地質学は,これらの勉強がもとになっているはずです.
 中学校理科よりも少し専門的にいうと,地質学は,固体地球の内部の構造(地層・岩石の立体的な分布や相互関係),それを作る地層・岩石の性質,およびその「歴史的な」関係を明かにして,地球の変化のしくみを調べる自然科学です.歴史を扱う自然科学の特徴については,あとで別に検討することになるでしょう.物理学を用いて地球を調べる分野として地球物理学,化学を用いて地球を調べる分野が地球化学で,両者の守備範囲は,地質学とも重なっています.

 地球物理学と地質学の比較例として,両者における「断層」についてみてみましょう.岩盤が破断して割れた部分のことを「断層」と言います.文学的には地表に現れた崖(断層崖)のことを表しているときがありますが,理学的な定義は違います.地球物理学(地震学)では,断層は,震源(岩盤が最初に破断された点)の点がつらなった面と,破断したときの動きの向きと速さ(あるいは加速度)や発生した地震動の強さで表現されます.地質学では,断層は岩盤の破断面そのもので,上下の岩盤の変形や断層内部での変形構造と動いた変位の方向と長さなど,地表観察と掘削やボーリングで得たものが観察データになります.下の図は阪神淡路大震災を引き起こした野島断層を表したもので,地震学的に表現したのが左側の図,地質学的に表現したのが右の図になります.地球科学的には,両者を合わせて野島断層がどんな断層だったかということを考察することになります.ここでは,地震学者と地質学者の共同研究が生まれます.

断層

 以前は.地球物理・地球化学・地質学は,それぞれ研究者が分かれていましたが,現在では野島断層の例のように,いくつかの分野にまたがって研究する人も増えてきています.将来的には,これら3つが融合してしまう可能性もあります.また,火山学や資源地質学は,もともと地球物理・地球化学と地質学を総合して使う応用科学の側面を持っています.

 地球内部は,物質科学的には地球半径の約半分より内部の金属鉄を主成分とする地球中心核と,それを覆うマントル,および表面で空気や水と反応によりできたごく薄い地殻に分かれています.マントル最上部と地殻を併せた硬い部分をリソスフェアもしくはプレートとよんでいます.「地震や火山や山脈はなぜできるか」といった固体地球の浅い部分のつくりやその変化を,硬殻であるプレートの運動によって説明するのがプレートテクトニクスです.テクトニクスという用語は「造構造運動論」という日本語があてられますが,要は「地球内部のつくりがどのようにしてできたかという説明」です.プレートテクトニクスは,固体地球の部分で起こる現象に使うと,地球物理・地球化学・地質学のどの分野の説明にも適用できる理論で,3分野を統合した上位の地球科学の理論といえます. 

 ただ,現在の地球でプレートテクトニクスが働いててるのは実測ができるので確かですが,地球の歴史の上で,プレートテクトニクスをどこまで遡って適用できるかという問題については,約40億年前までという研究者から,約10億年前までという研究者まで,諸説あります.プレートテクトニクスの成立初期に地質学で先駆的な仕事をしたハミルトンは,プレートテクトニクスが始まったのは今から約8.5億年前だと主張しています*2.ハミルトンが正しければ,地球の約46億年にわたる歴史で8.5億年は若い方の20%くらいに相当します.残りの80%の中で,地球上でプレートテクトニクスが働いていない時代がある場合には,地球内部のつくりや変化を説明するために,別の統合理論が必要になるかもしれません.

 プレートテクトニクスは,マントルの上部から地表までの地球の浅い部分を扱う理論ですが,地球中心核まで含めて固体地球内部全体の変化を説明する場合には,グローバルテクトニクスという言葉を使うことがあります.また,同じ岩石型惑星でも金星や火星は,地球とは違うテクトニクスを持っています.

 テクトニクスを含んだ固体地球科学と,気象学や海洋学を統合し,それらの多圏相互作用を,色々な自然科学的な手法を用いて地球を研究する分野が「地球科学」,地球科学を含んで太陽系の惑星を研究する分野が「惑星科学」です.これからの惑星科学は,太陽系以外の系外惑星や,中心星を失った浮遊惑星を含んだ天体を研究する「一般惑星科学」のような分野が発展していくものと予想されます.
 地球は,気体の部分(主に大気)と液体の部分(主に海洋)と固体の部分(地下世界)に分かれていますが,歴史的な変化については,ほぼ固体部分からの情報によって復元されます.固体も長い時間スケールでみれば流動する物質ですが,短い時間スケールで流動する大気や海洋では,数億年前のものがそのまま地球上のどこかに留まっていることはありません.固体部分のつくりや変化とあわせ,そこに残された大気や海洋についてのデータも読み出すことによって,地球全体の歴史的変化を描き,過去の変化の積み重ねとして,現在の地球の性質を説明したい,というのが自然科学としての地質学の目的になります.
 宇宙を扱う天文学と同じく,地球という固有の存在を扱っているので,その特徴や歴史は唯一のものです.この点,時空間の位置に関係なく,いつでもどこでも成り立つという物理学等の分野とは違いがあります.しかし,人間が調べることができる一番近い恒星である太陽を詳しく研究することで,恒星の一般的な性質の説明に拡張できるように,地球を詳しく研究することで,太陽系惑星科学や系外惑星科学まで拡張して地球型(岩石-金属型)惑星のしくみを解明する糸口となりたい,というのが将来的な地質学の拡張の方向ということが言えるでしょう.実際,地球上の火山・砂漠・氷床の性質を使って,月や火星の表面変化の歴史を説明することが試みられています.

 ここで注意しておくべきなのは,ガラスのような透明なものでない限り,固体の中は見えないものが多いということです.固体地球内部も目で見ることはできません.自然科学にとって,目で見えるかどうか,というのは重要な要素です.多分,人間が脳内で思考をするときに,自然を目で見えるもの(モデル)として動かしてとらえているからではないかと,私は考えています.天文学は138億年前の宇宙の様子を描きますが,これは電磁波に対して宇宙が透明で,138億光年先が赤外線で可視化できているためにできるワザです.これに対して,数十mより深いところが暗黒の世界になる深海や,電磁波は通さないために数cm下でも見えない地下の様子は,深宇宙よりも分からないことが多くなっています.物理学のなかには数式の世界でしか表現できず,可視化がほぼ不可能な分野もありますが,自然を研究する場合には,なんとかして可視化する努力をすることになります.人間の体の中も,手術したり内視鏡を使わなければ目で見えないのですが,なんとかしてX線やCTなどで可視化して診断しようとします.地質学の場合も,地下を可視化しようとするところから研究が始まります.

*2 Hamilton W. B., (2010),http://dx.doi.org/10.1016/j.lithos.2010.12.007

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