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始めるために必要な事

前に書いた「できないという始まり方」

「できない」自分はどうやって始められたのか。
「できない」ままだったのは
「できない」自分がツラいとかイヤだとかばかりで
「で、どうする」の方向へ頭を使うことができなかったからだ。
何かにつけて言われていたのが
「何やってるんだ!」「なんでできないんだ!」「ちゃんとしなさい!」で
要するに「お前はダメだ」の意味だった。
加えて
「ツラいのはアナタだけじゃないんだから」
「みんなおんなじだから」
も多かったが、当然何の意味も無く解決にもならなかった。
それでも
いくつかの現実的な人たちの中で
「良い悪い」でも「好き嫌い」でもない
いい意味での「ミもフタもない」具体的な意見だけが飛び交う
動きやすい気持ちよさを経験できたおかげで
段々と具体的な「で、どうする?」ができるようになったのだと思う。
例えば
打ち合わせをしているとき。
「これできる人は?」
「はい、私できます」
「私は月曜以外の午後ならできます」
「私は今回は無理です」
などなどはっきり答えてくれると非常にやりやすい。
また、なにか間違えた時には
「なにやってんだ!」
「ナンで間違えるんだ!」じゃなくて
「ここをこう間違えていたよ」「ここに気を付けてね」
「これはこうやるんだよ」の方が
圧倒的に仕事が進む上に気持ちが削がれない。
気持ちだけじゃ仕事は進まないのだ。
同じく勉強でも
「なんでできないんだ!」
「なんでわからないんだ!」
と、しょっちゅう言われたが
今から考えれば先生の教え方も悪かったんじゃないか?
「キミは○○ができるけど・□□が苦手・足りないから」
「□□の力をつけるには、アレやコレや」
だったら良かったのに、と思う。
いやいやいや
これは答えを教えるわけじゃなくて
頑張って身に付けるのはあくまでも本人だから。
基本的な段階でこれをやってもらえれば
その後、教えることは基本から応用になっていくはずで
続けていくうちに自分で応用できるようになり
最終的に人に教えられるようになる。

なんでもよくわかる人には
わからない生徒のわからない理由がわからないんだよねえ。
(あ、よくわからない先生もわからないけどな)
だから
わからない人のわからなさがわかる人は特別にスゴイのだ。
というワケで
気持ちだけじゃ勉強もうまくできないのである。

「イヤだ」「嫌い」「ツラい」という気持ちで一杯なときは
言わば「やられっぱなし」の状態なので
人生、そこから反撃しないとイケナイのであるが
(あ、「逃げる」も反撃の一つだぞ)
反撃するには具体的な方策とそのための知識が必須なのだ。
繰り返す。
始めるために必要なのは気持ちだけじゃない。
感じるな!考えるんだ♪

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