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妄想小さな貸本屋9

物語
読書

今日は冷えるなあ、と思いながらいつもの貸本屋に急いだ。いや、寒いと言っても実家より断然ぬるいのだが、多分暖かい土地に身体が慣れてしまったのかもしれない。今日は暖かくてのんびりした話の本を貸してもらおう。
お店の前に立つといつものように「ちりんちりん」と中から音が聞こえて窓口がすうっと開いた。「いらっしゃい。今日はどんな本がいいですか?」
「こんばんは、冷えてきましたね。はい、これお返しします。」
と、まずこの前借りた「銀河の片隅で科学夜話」に300円をそえて差し出した。「面白い感じがしましたけど、ちょっと難しかったです。」と、正直な感想を言ったが少しばかり率直すぎたかもしれない。そして「ええと、寒いので、暖かいところののんびりした感じの本がいいんですが」と伝えると
「少しお疲れではないですか?」と、こちらも率直な言葉が返ってきたが声の調子は温かい。「寒いだけでも疲れてしまうのが人間ですからそういう方にはこの本などいかがでしょうか」
うわこれまでの最速で出てきたよ!?
「ちょうどしみじみ眺めていたところです」
あ、そゆことか。さすがに、ねえ。
差し出されたのは岩波文庫で「プラテーロとわたし」とある。
「この本は都会で病んだ詩人がアンダルシアは小さな町モゲールでロバのプラテーロと過ごした日々が穏やかに綴られていてロバの名前のプラテーロはスペイン語のPlatoで銀を意味する言葉から来ていてようするにしろがね号といったところでそのロバの背中の銀色の毛並みからそう呼ばれたワケで-あっ、要するに読むだけで手のひらに100年前のアンダルシアの暖かく穏やかな雰囲気が溢れる本です」
100年前のアンダルシア、か。何だかのんびりできそうだな。確かに疲れてるよなあ。寒いから余計にそうなのかもしれないなあ、などと受け取った本を手に思っていると
「お休みの時にいつものお布団にもう1枚足すとずいぶん違いますよ」
「はあ」
「重さも暖かさですから」
「なるほど、ありがとうございます」と頭を下げてから、いつものように受け取った本を丁寧にバッグに入れて「それじゃ」と、歩き出した。

もう1枚って何かあったっけか-あ、とりあえず洗い替え用のタオルケットでいいかな、うんそうだ、今夜はとりあえずそれにして、良かったら今度何か薄い毛布か何か買えばいいんだな、うん。
今夜は1枚足したあったかい布団の中でこの本を読もう。

で、アンダルシアってどこだっけ?

本日おすすめされた本
「プラテーロとわたし」J.R.ヒメーネス 作 長南 実 訳 岩波文庫

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