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愛(かな)し

上の子が3歳、下の子が6か月だったか
やっとお座りができるくらいの頃
小さい子は段ボール箱に入るのが好きだからと
頃合いの箱を二箱用意してやると
上の子は自分で入って
下の子は抱き上げて入れて座らせてやった。
上の子はチラシで作るゴミ箱を覚えたばかりでいくつも作っていたが
そのひとつを自分で頭にかぶり
もうひとつを
おまえもかぶりなさい、と
下の子の頭にかぶせてやった。
ひとりずつ段ボール箱に入った
チラシで折ったゴミ箱をかぶった子どもたちは
向かい合って、無言で遊んでいた。
箱の中に座って何かいじっている上の子を
首をかくかくさせながら見ている下の子。
その光景が愛おしくて
写真に撮りたいと思ったが
カメラは子どもらがいる場所をすり抜けて背伸びで取り出さなくてはならず
そんなことをしたらこの場が壊れてしまいそうで
そこにへたり込んだまま愛おしさで一杯になっていたが
そうか、これが
「かなし」
なのだと気が付いた。
「かなし」は「愛し」で、これは高校の古文で習ったのだった。
「かなし」は「悲しい」ではなく
「切ないほどに愛おしい」ことで
いたいけな子どもの様子などで使われるのだと。
高校生の自分は、小さな子どもの愛らしさの
「いとおしさ」や「切なさ」なんだな
とは思ったものの
「かなし」が本当にわかったのはこのときだった。
子育てで、あれもこれもあきらめて
心身ともにへろへろだった時期だったが
世界でこの場にいられた、ただ一人の人間だった
ということの重さが年を経るごとに増してくる。
これから先そう遠くないときに
親戚の高齢のおばさま方と同じく
なにもかも忘れてしまう中で
この時の事を
最後まで覚えていられたら、と願う。



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