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インナーチャイルドを癒す〜淋しさの解放①〜

ある日のセッションで、

「暗いところにいて、淋しそうなサナエちゃんがいますね」

と、エネルギー調整できるAさんに言われた。


うーん、以前も
「お父さんとお母さんと妹さんが一緒にいるのを、少し離れたところから淋しそうに見ているイメージがあります」
と言われていた。


まだ解放されていなかったのか、と驚いた。

気づいただけでも解放は始まるというけど、あれから1年以上経っている。
ちゃんと向き合って癒すことが必要なのね。

こういうのって、ちゃんと時間を取らないと中途半端になってしまう。
けれども再認識したから、早く取り組みたいとウズウズ。


どうしたら癒せるかしら?



「サナエちゃんは今どこにいるの?明るいところ?暗いところ?」
『暗いところ』

「こっちにおいで。一緒に明るいところに行こうよ」
『ううん』

「淋しいの?」
『うん』

「家族も友達もいるから寂しくないよ」
『・・・・』

やっぱりもっと深く共感しないと解放はできないかぁ。

どうしたらいいのかなぁと気にかけつつ、話を聞いてから2日後。
仕事に行く前の午前中、ソファーでまったりしながら、自分の中の小さい自分に語りかけた。

「サナエちゃんは今どこにいるの?明るいところ?暗いところ?」
『暗いところ』

やっぱりまだ暗いところ

「お父さんとお母さんが、妹ちゃんを構っていて、こっちを見てくれないから淋しいの?」
『うん』


「一緒の遊んで欲しいの?」
「サナエちゃんのことを見て欲しいの?」
『うん』

「こっちの明るいところにおいで」
『いやいや』

どうしたらいいのかなぁ。
そういえば、以前インナーチャイルドには、今のお姉さんになった自分が、小さい自分に語りかけるよう、寄り添うと良いと読んだことがあるのを思い出した。

「サナエちゃんは、一緒に遊びたいの?」
「うん」

「じゃあ一緒に遊ぼうか?何して遊ぶ?お人形さんで遊ぶ?」
『いやいや』

そういえば小さい時、うちにはお人形さんがなかった。
みんなリカちゃん人形やバービー人形で遊んでいたけど、買ってもらえなかったので、お友達の家で遊ばせてもらっていた。

お人形を買ってもらえたのは小学校3年生のクリスマス。
リカちゃんシリーズの双子の赤ちゃんが鴨居にぶら下がっていて、それを見つけて大喜びしたっけ。

サナエちゃんはもっと小さい自分だから、お人形遊びはしていなかったな。

「じゃあ、あやとりする?」
『うん』

頭の中で想像しながら、指先はあやとりをしているように動かす。
あやとり好きだったな。

今の子供はゲームやおもちゃに囲まれて、遊ぶものはたくさんあるけど、当時、うちにはそういうものがなく、限られたものを工夫して、何度も繰り返し遊んでいた。

何して遊んでたっけ?
幼い日に好きだった遊びを思い出す。

滑り台より、ブランコの方が好きだった。

「お歌を歌う?」
『うん』

チューリップの歌を小さい時に歌っていたっけ。

幼稚園での出来事が次から次へと思い出される。

赤いワンピースの水着を着て、幼稚園のプールでパシャパシャしていたこと。
園庭でお芋ほりしたこと。
木の板に釘を刺して、紐をぐるぐる巻いて工作したこと。
社宅に住んでいたので、お母さんが交代で子供たちを幼稚園まで送迎してくれていたこと。


お歌を歌って、トランプでババ抜きをし、ブランコをした。
自転車に乗る練習もしていたっけ。


「淋しさ」の解放


「サナエちゃん、もう淋しくない?」
『淋しい』

「どうしたら淋しくないかな?抱っこする?」
『うん!』

幼き自分を抱きしめる。

実際には、セルフハグをしているのだけれど、自分で自分を慈しむように。
ぎゅーっとハグして、小さいサナエちゃんを包み込む。

じわーっと涙がこぼれる。

一緒に遊んでいた時から、目に涙は滲んでいたけれど、それが止めどなくあふれる。

「あー愛されたかったんだな」

当時も父母は抱っこして愛してくれていたと思う。
優しい父母だったし。

けれども、甘える妹を優先して、遠慮して我慢している自分。

「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
母に言われたことがあったな。

そうやって、自分を押さえてきたんだ。
そしてそれが、50才を過ぎてもまだ私の中に残っていて、感情や思考のベースになっている。
これが生きづらさの原因。



私は愛されてくて、思うように愛してもらえなくて
「愛される」ことがテーマで生きてきた。

そんなの本人は気づいていないから、この年になるまで愛を求めて、こじらせまくっていた。
今振り返ると本当にこじらせていた。
もっと早くに気づいていたら、夫とも仲良くできていたのに。


自分の魂の願いに気づき、いろんな感情を手放し、ようやく心が穏やかになって、自分らしく生きられるようになってきた。

今までの経験があるから、今がある。
全ては必要な体験だったのだと思う。



「サナエちゃん、今どこにいるの?明るいところ?暗いところ?」
『明るいところ』

よかった。癒すことができたんだ。

「お父さんとお母さんと一緒にいるの?」
『うん』

「楽しい?」
『ううん』

あれ?楽しくないのね?

「落ち着いてるの?穏やかなの?」
『うん』

「もう淋しくないね」
『うん』

よかった、よかった。また一つ解放。





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