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詩誌「三」68号掲載【メンバーによるオンライン合評会】

ーー68号では、水谷水奏の作品『前世』について合評しました。
 
石山 水谷さんの作品はふわふわとしていて、具体的な描写が少ないけど、なぜか共感できるのが不思議で、魅力だと思う。
今回の作品もそうで、こうだったらいいのにという希望と、現実の違いにうんざりするって誰にでもあるから共感しやすい。
水溶性のストレスというのが、うんざりしてる私の気持ちを軽やかに表現していて、重くなりすぎないのがいい。
最後のフレーズが私には難解だった。
普通だったら「あなたの前世は何だと思いますか?」とかだと思うけど、「何でありそう」ここまででも不思議なのに、「でした
か?」と過去形なのもまた不思議さに追い打ちをかけているな、と。何かひっかかる…。
これはきっとわざとそういう書き方をしたのだろうと思ったけど、どうなのかな?
 
飯塚 「うすくて〜いいなと思う」の部分、抽象的な表現だけど、確かにそうだったら良いなと思わせる言葉のチョイス。
そして、石山さんも言っていたストレスが水溶性という表現が秀逸。全く思いつかない組み合わせだけど、ストンと腑に落ちる表現で驚きと発見があって、まさに詩を読む醍醐味だと感じました。
最後の表現は、「でしたか」と過去形になっているところで引っ掛かりました。
「ですか」の方が言葉選びとしては自然なので、何か意図があるのだろうとは思うのだけど全く分からず、これを読み手に考えさせようというのはちょっと優しくないかなと思いました。
 
正村 水溶性のストレス、おしゃれな感じもするし共感するし、すごく素敵な表現ですね。ゆっくり浸かるお風呂や甘いホットミルク、あるいはお酒に溶けていくストレスかな…面白いです。
最後の表現はひっかかる書き方ですね。前世をそっと覗き込んでみて「どうだった?」と聞いている印象を受けました。
「でしたか?」と過去形なのはストレスが溶けていったあとだからかなーと推測してみますがどうでしょうか?
日々のちょっとしたストレスが逃避として前世を想像させていたのかなとおもうので…。

水谷 私のストレスは水溶性、はある時思いついて、使いたいなと思って少しの期間自分の中にとどめておいたのですが、気に入りすぎてか割と早めに出してしまいました。
ストレスは水溶性、だけで詩が書けそうなので少しもったいなかったかもと思ってます。
落ち込む時は心が真っ赤になるけど、しばらくしたらすんなり忘れてる、寝たら忘れる、泣いたら忘れる。
水に溶けやすい絵の具みたいだな、私の落ち込みは。といったところです。
最後の1行、変ですよね。変だと思います。通常は、
①    なんでしたか  ② なんですか  ③ なんでありそうですか
この3パターンくらいかなと思います。
3パターン目もやや不思議ですが、前世がなんだったかは確認しようがなく、自分で予想しているという詩なので、いいかなと。
ただこの3つのどれもが自分の中でしっくり来ず。
好き嫌いの話かい、と思うかもだけどまずもって「○○でしたか」という言い方が、柔らかく感じて好きだというのが私の中にあります。
過去の状態を確認や質問する言い方なので、「今」のあり方や考えを問うより、ワンテンポゆったりする気がして。
(この時私の頭の中で思い浮かべてるのは、優しいお爺さんが「なんでしたかな」と言ってる感じです)
職場のお店に初めて来た人がその経緯を話してくれた時も「そうですか」より「そうでしたか」と私は言います。
「たどり着いた今」より「あれこれあっての経緯」に相槌を打つ感じ。
最後の1行は意味としてはやはり捻れているように見えるしそうだなとも思うのですが、正村さんの書いてくれた感じが自分の感覚に近いと思います。他人の考えてみたことをのぞく感じ。
前半部分にぐぐっと着いてこれた人は、おそらく自分の前世に思いを馳せてる。
その前提で、「で、君のほうはどうだったの?」と聞いてるので、過去形になったのかと思います。
ただし、「感覚」「前提」なので、全く分からんわという方がいるのも仕方ないな、そうだな、と思います。
(全ての人が頭の中に優しいお爺さんがいる訳でもないと思うし)
正村さんの書いてくれた「ストレスが溶けた後だから〜」というのは私の想定ではなかったです。
けど、逃避から最後に戻ってきて、で、あなたは?前世はどういうものでありそうか、どうだったの?というのをギュッとしたら「何でありそうでしたか」が出来上がってしまい、一見不思議だけどこれがいいと思ってしまったのかと自分で分析します。
 
加藤 改行と句読点が特徴的で、不思議なリズムを作り出しているのが面白いと思いました。その不思議なリズムが作品に不思議な魅力を感じさせて、何回も読み直したくなりました。
前世とかストレスとか暗くなりがちな題材なのに暗さを感じさせないのはさすがだなと思いました。
「腹はふくれて、目は疲れて。」の一行があることで、なんだかんだ現実を生きている作者に共感できました。
ストレスが水溶性という発想、すごく腑に落ちました。確かにお風呂とかリラックスタイムの飲み物とか、そうだなぁと。
私もあんまりストレスとか引きずらないタイプなので、すごく納得です。
 
水谷 現実部分をどのように書くか迷ったし難しかった。
水溶性、書いた後で自分でも色々調べて、涙も水だし、水に流すとか言うし、そういう情報が自分の頭の中に積み重なって出てきたのかなと考えてました。
 
飯塚 作者の解説を読んで、最後の部分はちょっと腑に落ちました。
ただ、文章作品で作者から解説を受けられる事の方が稀ではあるので、相当作者と感性の近い人でなければこれは厳しい表現だと思います。
もちろん一から十まで懇切丁寧に説明されている作品が良いわけではないので難しいところです。
また商業作家でもないのに自分の書きたいことを我慢してまで読み手に合わせないといけないか、というのも思います。
これは決して悪い意味ではないのですが、水谷さんの作品はついてこれるやつだけついてこいという潔さを感じます。

水谷 解説読まないと分からない文章は良くないな、と常々思いつつ、伝わらなければまあそれはそれでいっか、言葉自体は難解にはしてないし。(できないし)と思ってしまってるのも事実です。
 
石山 私は結構過去のことを引きずってしまうタイプなので、「水溶性のストレス」というのは、そう捉えればあまりしんどくなさそうだな、と思えました。
私のストレスは油性と勝手に捉えて、これまでしんどくなっていたのかも。
最後のフレーズは、やっぱり色々と葛藤した上での表現だったのね。
優しいお爺さんのイメージとはね…意外だけど、なるほどと思ったよ。
ついてこれるやつだけついてこい…水谷さんは決してそんなオラオラタイプのキャラではないと思うけど、潔さってのは共感できるかも。
 
正村 水谷さんの作品の飛躍はわかりそうでわからなくて、でもやっぱりわかるような気もして…。
その曖昧さをいつも心地よく読んでいます。
 
水谷 油性のストレスしんどそうだね。でも水に溶けるタイプだからこその悩みもあったりして。
お爺さんは方言のイントネーションで言ってる設定。
オラオラついて来いよとは言わないけど、あっそう分かんないんだねとは思ってる時もあるかと。
私自身が理屈を通して書けてなくて、自分でも聞かれたら理由考える時がけっこうあるけど、数少なくても同じ心地よさを共有できることがあるなら嬉しいです。
ありがとうございます。

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