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詩誌「三」74号掲載【short】石山絵里

髪を切ろう。短く、バッサリと。数年に一度、なぜか
そうしたくなる。決してショートヘアが似合うわけで
はないのに。切ったあと、決まって(やっぱりもう少
し伸ばそう)と思ったりするのに。

美容室に入ると、扉にかけてあるチャイムが、チリン
と鳴った。すずしい店内。カレンダーには、スイカを
食べる男の子のイラストが描いてある。

先月からエアコンを入れ始めた、と美容師が言う。私
は適当な返事をする。ハサミがリズミカルに動き、ど
んどん髪が切り落とされてゆく。美容室にいると、ど
うして眠たくなるのだろう。ついウトウトしながら、
ぼんやり思い出す。十二のとき。部活の試合で負けて、
涙がかれるまで大泣きした。それがきっかけで、私は
髪をバッサリ切った。あんなふうに感情を表に出さな
くなったのは、いつからだろう。いや、出せなくなっ
たという方が正しいかもしれない。悲しいとき、本当
は思いきり声をあげて泣いてしまいたい。子どものよ
うに。いつからか私の背丈は伸びなくなり、痛みに少
しずつ免疫がついてゆき、そして、オトナになった。
ひとつ、ふたつと新しいものを手にすると、それ以上
の何かを失っていった。

気がつくと、鏡の中の私は、見慣れない姿でこちらを
見ていた。首や耳のあたりが軽い。色々な角度から自
分の姿を確かめる。軽く首を振ってみると、ほほのあ
たりに毛先がくすぐるように当たった。

美容室を出ると、今年初めてのセミの鳴き声を聞いた。
梅雨はいつの間にか終わっていた。南風が髪を揺らし
ほほをなでてゆく。日差しが、まぶしい。木の葉はサ
ワサワと音をたてる。

2024年6月 三74号 石山絵里 作

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