『ユートロニカの向こう側』について

『ユートロニカのこちら側』はエピソードが時系列順に並んでいてその中の登場人物のいくつかは他のエピソードにも顔を出す。エピソードの基本は、人が技術を産み出し技術が人を再構築していく(登場人物がそのまま説明している部分がある)様子を見せることにある。それは新しい仕組みが拒絶、闘争の段階を経て時間をかけて所与のものとなっていく過程と似ている。その意味で第六章の「最後の息子の父」は小説全体を個人の人生に落としこんでいる。主人公のアーベントロートはユートロニカを産み出したロメオの息子で父の思想に反対して教会に救いを求めるがそこで失敗してしまう。息子のピーターはリゾートの欺瞞を明らかにする本を書き人生を棒に降った、かれはテロで妻を失った後リゾートで余生を過ごす選択をする。アーベントロートはリゾート(技術)を受け入れる、同時に信仰(思考)を捨てることもしない。かれは勝ち負けではなくなにを得るか、なにを求めるかに人生の意義を見いだすようになる。
 ユートロニカとは永遠の静寂という意味らしい。小説内では意識を失った人をそう呼ぶらしいが、むしろこれは本を読んだ読者の心境なのではと思った。リゾートの思想は現実にやって来る(来ている?)だろうそのとき人類の大半は自由よりも安全や生命を選ぶだろう(実際多くの人間が自由を捨てようとしたのを見た)。舗装された未来に向かっていくのは避けられないようだ、半ば諦めにも似た心地で時おり思い出したように″深く″考えたりしながら受け入れていく境地こそ、ユートロニカではないか。
 

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