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幾何学模様の向う側

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寄せ集めブルース
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#創作

足ひとつ

 仕事中、何も思考する事も無く、作業に没頭しているとそこに、無慈悲に潰れた蠅の死骸が放置されていた。気持ちが悪くなり、死骸を片付けようとするが、それは、強く床に張り付き、剥がれようとはしない。小さな箒を使っても、雑巾で擦ろうとも、それは取れなかった。  助けてくれ。  擦った際に捲れ上がった蠅の足はそう言う。 「助けてくれって言われたって、あなたもう死んでるでしょう?」  足は微かに動き、同じ事をもう一度言った。 「あなたね、いくら足が動こうが死んでるの。どう

25歳の自分が書いた物との再会

 異常な人と正常な人の違いとはなんでしょうか。  ふふ、予想以上にオマエラシイ悩みだの。  理解できない事というのは、落ち着かない気持ちになります。そうですね、そうする事によって、不安が募ります。  お前は世界の事を理解しているのか?  その返答は不定です。  ですが、そうですね、せめて、身の回りの物事は理解したいと思います。  うむ  その不安こそが、正常や異常を生み出したのだよ。そうだな、レッテルを貼ると言うのかな。そうやって理解した事にしてしまう、理解したつも

あの素晴らしい綺麗事をもう一度

 ここに来たのは三回目だ。  いつだって風が強くて不意に連れていかれそうになる。前から押されても後ろから押されても私にとっては都合が悪い。風向きが悪い事なんて今まで沢山あったから、この程度は大した事はないと思う。大丈夫。  靴をそろえて、その下に手紙を挟む。風で遠くに行かないように。私がここに居た証明書だから。  一回目はおじさんに止められた。悪い気分にさせたと思う。ごめんなさい。  二回目は手紙が飛んで行ってしまった。読んだ人はどういう気持ちになってくれたのかな。ごめんなさ

ラプンツェル

 窓を開けると冷たい風が教室に入ってくる。気が付けば校庭から聞こえる声も小さくなって人の熱も冷めてくる季節になってきた。  真っ赤に色づいた校庭越しに吹奏楽部の笛の音が教室に入ってくる。なんだ、気が付かないうちに物思いに耽るには良い季節にもなったって訳だ。  ガラガラと教室の扉が開く。待ち人来るってね。 「よかったー、まだ居てくれたんだね」  嬉しそうな声を上げながらミサトが教室に入ってきた。すぐに私の机の前に座ると頭を当ててくる。 「今日もお疲れさま」そういうと頭をうりうり

レクイエム.

 まぁ、地に足が着かないっていうのは落ち着かない事他ならない。  私が死んでからかれこれ五年は経ったけど未だに慣れない、たまに地面に足を着けて歩く振りをしてる。見た目はそれっぽくなったけれども重力を感じないってのは困りものだ。  死んですぐ出会った街角のおじさんは、まず足を透明にしろって言っていた。幽霊の礼儀だと。一理あるしああいう人が居るから日本の幽霊は足無しスタイルが一般的なのかな。それともやる事がなくなって、新人にそう言う事を伝えるのが生き甲斐になっているのかも。  今

レクイエム

 峠を越えると何だって楽になる。嵐も痛みも苦しみも後悔も。  じゃあそのてっぺんを決めるのは誰なんだろうか。誰ももう少しで終わるよなんて教えてくれない。最中にいる間はただただ痛みを受け続ける事になる。死は峠を越えたというのだろうか。登り坂の後は下り坂だと相場は決っているが、崖になっている事もあるし、穴に落ちる事もある。線が途絶える。  なんにせよ、死んだら終わり。苦しみや痛みからの解放だ。良い事なんだろう。  煙草に火をつけて石の上に置く。私は同じ煙草に火をつけて深呼吸した

カンケリ

 どうしようもねーやと思ったらお酒を飲めば良いと教えてもらった。  今日も下らない誰よりも安いお酒を飲んでいる。喉に流し込まれた安いお酒は一瞬の潤いと長い乾きを私にくれて、駄目なお酒ほど駄目な自分を酔わせてくれる。飲み終わったお酒を落としてそれを空中でキレイに蹴り飛ばせれば、今日の運勢は吉。とか言ってもう今日なんて後何分あるのさ。  投げた缶は私の足をすり抜けて、カランと音と立てて地面に転がっていった。本日の残り十三分は凶という事だ。  駅にでも行こうかそこの公園でボケっとし

エレクトロミュージック

 真っ暗な部屋で窓辺に座ると月明かりがほんの少しだけ混ざった街灯の光が私に届く。  スピーカーから流れるスクエアプッシャーの音楽は独特な浮遊感を与えてくれた。  理知的でかつ破壊的なリズムと幻想的とは程遠い街灯の柔らかい光の中、私はプシュっと空気感を全て破壊するような音とともにプルタブを開けた。 「駄目だわこれ。先に開けておくべきだったな」  雑にチューハイを流し込むと駄菓子の様なグレープフルーツ味と工業製品の様な取ってつけたアルコールの匂いが鼻を駆け抜ける。 「飲み物も駄目

ネイルアート

 車の音が不躾に耳に突き刺さる。  燻らせた煙草の煙が街灯に照らされ、白い煙が高く高く昇っていく。気温自体は低いが湿度の高い空気は身体を舐め回すように不快だった。視界に広がる大きな蓮の葉は歓迎しているように力強く池から顔を出している。呑気な物だ、これだけの池の水があれば幾ら飲んでも無くなる事は無いだろう。 「おっさん、隣良い?」  煙草の煙で深呼吸をしているとベンチの開いた空間に女の子が飛び込んできた。 「別に良いよ、もう座ってるしね」彼女を見ると、嬉しそうな顔で微笑み、口の

空と空

「ねぇ、そこのおじさん」 なんだい 「ひさしぶり。また助けて欲しいんだけど」  ああ、不良の女子高生かい。 「そう、あなたの出来の良い娘さんと違う夜中にぼけっとしてる不良の女子高生よ」  それで? 「だーかーら。これ二回目ね、やっぱりユーモアっていうの?あるんじゃないかな」  覚えてたからね 「うん、覚えててもなかなか返せないものよ。ネタ振っても返してくれない人とか逆に振ってくれる人も少なくてね」  今日は元気だね。あれからはゆっくり寝れるているのかい。