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茶の木と会話ができる人

 私が茶畑で働きだした頃、もう25年も前の話になりますが、茶畑の園主(親しみを込めておやっさんと呼んでます)は60半ばでした。私はそのころ20半ばでスキーも雪山にこもるくらいしていたので運動不足というわけでもないんですが、鍬で耕す力や持久力など全然かなわなかったのをよく覚えています。あれ、なんでしょうね、鍬も力があるといいというわけではなく、使いこなさないとすぐ疲れるし、ちゃんと掘れない。才能もないんでしょうか、私は今でも上手にできません。

 そんなおやっさんは地元では「茶名人」として知られていました。小さな農家(とはいえ、私を雇える大きさ)なのでおやっさんと私の二人で日々の作業は行っていたのでそこでいわゆる茶名人がどういう行動をするのかを間近で見られたのは私にとってお金にかえられない経験になりました。

 おやっさんは「お茶の木と会話ができる」とよく言っていました。これ初めて聞くと「もしかしてヤバい人なのかな?」と思われるかもしれません。実際にお茶の木はしゃべりませんし、声は聞こえてきません。でもたしかにおやっさんはコミュニケーションが取れているんです。「お茶の声に耳を傾ける」ちょっとした葉のつや加減、色の変化、全体の雰囲気などを感じることで今お茶の木が何を求めているのか、水か、肥料か、光か、または何に嫌がっているのか、雑草か、虫か、病気かを気付くんです。そして、適切に対応する。「〇〇やっといて」言われた私がただ作業をこなしていくだけでみるみるうちに良くなっていく。

 そうすることで、他の人が手放した茶園をおやっさんが管理すると数年後には全く違う姿に変わるんです。そばで見ていると管理する人が変わると全然違う木になっていくんです、ホントに。これ本当に同じ木か?って思ってました。

 よく、お茶を作るのに何が大事かという話があります。

品種が大事、気候が大事、標高が大事、土が大事、場所が大事などいろいろな答えが考えられるでしょう。お茶の木は根から養分を吸い上げるのでどうしても土の部分が大事とか、寒暖の差が激しいほどいいとかよく聞きます。これ、茶名人といわれる人たちに聞くと「その場所、元々持っているその土地のものが大事」ってよく言われます。

 でも私は思うんです。それは違うと。絶対に人が大事だと。

 茶名人は既に茶の木と会話ができる人だからそのレベルが気になるんだと。普通の人はいわゆる「いい土地」で作っても茶の木との会話ができないのでちょうどいい頃にいい具合に作業は出来ません。それだと普通のお茶はできるんですが(それでも結構難しい)、無茶苦茶いいものにはならない。ちょっとした変化に私を含む普通の人は気づかないんです。だからとにかくいいお茶を作るには人が大事なんです。ただ、茶の木と会話が出来る人でも完全にコントロールできるわけではない、だから名人と言われている人ほど謙虚だったりします。

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