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ショー専門のバーテンダー誕生の瞬間

 「それ、本当にやりたい事なんですか?」
知人に言われてハッとした。

 当時私は仕事を探していた。

 好きなことをしようと思っていた30を過ぎ、フレアの世界大会で3位になった後もいろんな大会に出続けて成績が良かったり悪かったりを繰り返していた。

 そろそろちゃんと仕事をしよう。「ちゃんと」というのもおかしいけれど、そう考えた私は知人に相談した。

「お酒のメーカーとかに社員で入れないですかねぇ」

フレアができるし、お酒関係だったら何か需要もあるかもしれない。その時の私はそう考えたのだろう。

 「入れるんじゃないですか」
そう知人が言った。軽い。軽すぎる。
そんなに簡単に入れるのか、会社って。私の言ってる会社は一流だぞ。

 「でもそれ、岩本さんが本当にやりたい事なんですか?」

 うーん。確かにやりたい事かと言うとそうではないと思う。今までメーカーで働きたいと考えたことがないし、今までやってきたことと関係するといえば、、といわば消去法で出てきた答えだ。

 そっか、そうだ。30を過ぎて今まで社員で働いたことがないんだったら普通に考えてロクなところには行けないだろう。行きたい会社に行けなければ、売りたくないものを売らなければならないようになるしかないのは百も承知だ。だったら、何を売るのも一緒だったら、その前に自分が売りたいものを売ろう。私が売りたいもの、それはフレアだ。

 「ショーをするのってどうですか?」こう聞いてみた。
「それ、いいんじゃないですか」答える知人。

 多分、メーカーに入れると言ったのも私の不安な心を見越して勇気づけるための優しい嘘だろう。そうだ、売りたいものを売ろう。

 思い返せば初めて自分で売りたいと思ったものを売ったのが20歳の頃。海にインスタントカメラを持っていき「記念写真、いかがですか?」と砂浜を歩いた。1枚売れて、ふと「これ許可とらないとダメなのかな?」と不安になってやめたんだ。

 25の時にはオーストラリアで手編みのブレスレットを作って売ったこともあったっけ。売れると晩御飯が豪勢になったりして楽しかったのを覚えている。そう、自分で考えて売るのは楽しいんだ。

 カクテルショーの資料を作ってホテルに送ったが、返事はほぼなかった。唯一帰ってきたところのブライダルフェアの仕事が決まって構成を必死で考えショーをしたら2組、披露宴のショーの依頼が来た。

 そこから17年、気が付けば500組の新郎新婦をお祝いし、1100回を超えるショーをやっている。知人のたった一言で変わる人生は面白い。

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