沖縄県庁の宜野湾市移転(普天間基地跡地開発案)に関する考察

注)今回の記事は完全なネタ枠なものをちょいと真面目に書いてみただけです。まともに受け取ると多分終わります。ご注意ください。

こんな記事を書くに至った理由

 衆院選が10月31日投開票であることが発表されました。沖縄の情勢もめまぐるしく動いていて、私もこの情勢を読み取ろうとがんばっています(笑)。ある日、少し沖縄2区の状況を整理してみようと、沖縄2区より自民党から立候補予定の方のHPにお邪魔したところ、こんな記述を見つけました。

普天間飛行場の一日も早い還を実現させ、そこに沖縄県庁を誘致しましょう。

 返還という字をミスってる時点でお察しな気はしますが、それはさておき、宜野湾に沖縄県庁を移転するとなれば、さまざまな書籍や参考書を更新せねばならない一大事となります。こうした一大事なことを候補者の方がおっしゃっているので、検証してみようと考えたわけです。

 宜野湾に県庁所在地を置くとして、重要なポイントである人口規模や市の規模、受け入れ態勢などについて少し整理して考えてみましょう。

県庁所在地≒最大都市の事例

 沖縄県庁の移転予定地らしい宜野湾市は、最近人口10万人を突破した市です。県内11の市の中で5番目に多い人口を持ち、人口密度は沖縄県3番目の規模、福岡市レベルの人口密度を持ちます。

 宜野湾市に県庁を移転するとなると、沖縄県庁は県内5番目の規模の市に県庁を構えることになります。県庁所在地≒最大都市という事例は全国にいくつか存在しています。最も有名な事例は福島市で、県内3位です。

 福島市が県内3位の人口で県庁所在地が置かれている理由はその歴史にあります。もともと福島県は、(旧)福島県以外に2つの県が合併してできています。(旧)福島県は旧福島町に県庁を置かれたから福島県となり、この福島町が福島市となり、現在の福島県の県庁所在地としてそのまま機能している、というわけです。一説には幕末の争いで徳川方についた会津藩を弱体化させるため、といわれています。

 とはいえ、福島市はそれ単体でも規模が大きい市です。人口は25万人を誇り、県内1位2位を争ういわき、郡山には及ばないものの、中核市指定を受けるほどの大きさは持っています。また、東北新幹線の停車駅であり、また東北本線と奥羽本線が分岐する地点という意味で、交通の要衝として古くから重要な拠点であり続けています。人口こそ1位に及ばないものの、県庁所在地として立派な体裁を整えています。

県庁所在地の規模はどれくらいであるのか

 一口に県庁所在地といってもその規模は一様ではありません。最も多い人口を誇る県庁所在地は横浜市で、約375万人です。これは、1つの政令指定都市を抱えるような規模の県の人口すらも抜き去るほどの人口で、沖縄の2.5倍ほどはあります。最も少ない人口である甲府(山梨県)は人口17万人で、一応10万人台の県庁所在地の事例は存在しています。

 しかし、甲府は中核市です。中核市の基準を下回っていることは下回っているのですが、特例市であったことから中核市移行を果たしています。実は、県庁所在地が政令指定都市や中核市のような大都市制度を利用していない事例は極めてまれで、ごく最近移行を果たした那覇は遅い方なのです(那覇は人口規模ではなく別の理由で中核市になれなかった)。宜野湾は中核市ではなく、特例市であった経歴もありませんから、県庁所在地になった時は、かなり異例となるでしょう。

県庁所在地に適格な地とは?

 県庁所在地が移行する事例というのはこれが初めて、というわけではありません。例えば栃木県の元の県庁所在地は栃木市でしたが、後に宇都宮市へ変更されました。また、奈良県では県庁所在地移転の計画があるようで、奈良市→橿原市(12万人)となるようです。

 ただし、県庁所在地が置かれている地点というのは、単に県庁所在地であるだけではなく、県の中心として、経済や交通の中心であることが求められるものです。例えば前述した福島は、発足当初は人口3万の小規模な市でしたが、東北新幹線が開業したり、山形新幹線との分岐点になったりと、交通や経済の要衝として大きく機能しています。もちろん、郡山やいわきが分担している割合も大きいでしょうが、県庁所在地として、それ単体としても、県全体を大きく引っ張る力を持っている必要があります。

 奈良の事例を見ても、橿原に県庁所在地を移す理由は県土の均衡ある発展からです。奈良市はあまりにも北であり、南からのアクセスが悪いというのが一つの理由であるようです。それでも実現への道筋は険しいようですから、仮に経済や交通の要衝としてすでに機能している地域に移すということであったとしても、多くの困難を伴うことは間違いないでしょう。

宜野湾は県庁所在地として機能を果たしうるか

 以上の点から考えて、宜野湾市が県庁所在地として十分な機能を果たせる可能性はあるでしょうか。

 まず、人口規模については、市域の4分の1を占める普天間飛行場の返還に伴って住宅地域も拡充されることが予想されることから、宜野湾市の人口が今後10万人から増加することは大いに予想できます。ただし、全国的に人口減の波が訪れる中で、大きな増加(例えば中核市基準を満たすような)を見込むことはできないと考えられます。

 また、”経済の要衝”という観点では、宜野湾市は那覇都市圏の一部、という位置づけであり、都市圏の定義によればサブ核としての位置づけも行われていません(那覇都市圏のサブ核は浦添市)。また、中南部都市圏で考えても、那覇を主軸に、コザを副核としてという経済が確立されており、また新規の産業の開拓に関しては那覇市の南や東といった地域で活発であることから、経済の中心としての機能は(今のところは)見込めないでしょう。今後普天間飛行場の返還がかない、跡地利用が捗れば、宜野湾市がある程度経済の中心地として機能することは期待できる可能性がありますが、それでも那覇ほどの影響力は誇れないでしょう。

 ”交通の要衝”という観点でも不安が残ります。まず市内にバスターミナルは存在しません。鉄道もありません。沖縄鉄軌道は宜野湾市を通りますが、これだけで交通の要衝とみることはできないでしょう。車社会の沖縄では高速道路を考えることも重要ですが、宜野湾市には沖縄自動車道のインターチェンジがありません。現状、沖縄の交通(特に道路)は那覇を起点として設計されているため、残念ながら宜野湾市を交通の要衝として見ることはできないと思います。

そもそも普天間飛行場が返ってこないことには

 根本的に、これは沖縄鉄軌道でも一つの課題ですが、普天間飛行場が返ってこない限り今の話は全てたらればに終わってしまいます。辺野古に移すかどうかの話はさておいて、普天間飛行場が返ってくる見込みが今のところ立っていませんから、まずこの事情を改善しなければどうにもしようがありません。

どうしてこういう議論が巻き起こるのか?

 こうした議論が沖縄県で巻き起こる理由を少し考察します。

(1)那覇市の面積が小さいこと
 那覇の面積は40㎢に満たないもので、これは全国の中で最小のものです。周囲には那覇の面積よりもさらに小さい面積の市町村が集積しており、”那覇から移る”ことは、北部に移るのでもない限り、県外で行うような大きな意味を持つようにはあまり思えない、というのが一つ理由としてありそうです。

(2)中南部都市圏としてとらえると
 (1)とほぼ同じですが、中南部都市圏としてとらえると、那覇と周辺の市町村はすべて市街地が連続しています。那覇と浦添、宜野湾を国道58号や330号で走っても、ここから浦添、ここから宜野湾というのが見分けがつかないのはそのためです。このことから、”那覇から移る”ことに際しても、結局は同じ市街地に置くのだから、ということになるのではないかな、と思います。そもそも、根本的には那覇の面積が県庁所在地としては異例なほど小さいことが大きな理由でしょう。

まとめ:今は現状維持をしたほうがよさそう

 まとめると、宜野湾市は、市の規模などは他の県庁所在地に比較して小さいものであり、また経済・交通の要衝が那覇や沖縄市にあることを踏まえると、今県庁所在地を宜野湾市に移すことは現実的ではないと考えます。もし移すのであれば、普天間飛行場の跡地利用を県全体で考え、新しい都市として事細かに計画し、そのうえで実行することが求められると思います。

 ただいずれにせよ、普天間飛行場が返る見込みが立たない今、県庁移転について論じるのは無意味だと考えます。やはり何を差し置いても普天間飛行場の返還、これは第一に求めていかねばならないでしょう。

苦情

 な ぜ 政治家たちはそういう突拍子もないようなことを平然と口にするのか

 むかーし宜野湾にディズニーランドを誘致するとかふざけたことを口にしていた人がいましたが、あれと同じノリで県庁所在地を移すとか言ってるなら那覇にも宜野湾にも失礼極まりない。

 琉大医学部移転の時にもありましたが、移すといっても移す先だけじゃなくて移転元の発展も考えなきゃいけないものです。ただ移して、はい終わり!では話にならないですし、そういうことも諸々考えて大事業というのは行うものですが、どうしてもこういう夢物語を口にしないと気が済まない病気かなんかなんでしょうか。

 特に沖縄の政治家はこういうのが多くて辟易とします。目の前に貧しい子どもたちがいても平気でディズニーとかほざいてるやつ。だからいつまでたっても沖縄は沖縄のままなんだと私なんかは思ってしまいますけどね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?