沖縄鉄軌道に関する考察#1 ー令和2年度内閣府調査を受けてー

 先日、沖縄鉄軌道にかかる令和2年度の内閣府調査が公表されました。例によって例のごとく、といった結果ではあったのですが、その内容や今後の方向性は興味深いものであったので、今回はこの内容を踏まえた沖縄鉄軌道に関する考察をしてみようと思います。

 まずはこれまでの経緯について大雑把にみていきます。(詳しい内容は内閣府HP https://www8.cao.go.jp/okinawa/6/67_r3kisochosa.html をご覧ください。)

平成24年度調査(第3回)

 第3回調査では、部分単線化やトラムの地下駅の浅層化によるコスト縮減を調査しています。部分単線化では、需要の少ない豊見城~糸満間(内閣府調査の対象は糸満市~名護市の約90km)とうるま~名護間(具志川以北となると思われる)を対象としたほか、トラムの地下駅では、地下1Fにホームを設置することによるコスト縮減としていました。また、沖縄自動車道の路面を活用する案も検討していましたが、こちらは需要減や沖縄自動車道の混雑激化が予想されるため早々に困難という結論が出されていました。

平成25年度調査(第4回)

 第4回調査では、部分単線化区間の拡大、全線単線化、駅数見直しによるコスト縮減などが調査されています。また、小型鉄道(鉄輪式リニア、スマートリニアメトロなど)が初登場した回でもありました。いずれの見直しもコスト縮減にはつながりましたが、そうであるべきなのか(利便性の問題も含めて)は微妙なところです。

 また、この調査では支線として名護市~本部町の区間が検討されました。

平成26年度調査(第5回)

 第5回調査では、システムの見直しとして、高速AGTが検討されました。こちらは後で触れたいと思います。

平成27年度調査(第6回)

 この調査では、具体的なルートの見直しや、構造の見直しが検討されました。こちらについては大きな変更点はなかったものと思われます。

平成28年度調査(第7回)

 第7回調査では、ルートの見直しとして、石川以北のルートを恩納村経由から金武町・宜野座村経由に変更した際のコスト縮減が検討されました(東海岸ルート)。また、支線として新たに那覇市~与那原町~南城市佐敷、南那覇市~八重瀬町東風平、宜野湾市~読谷村、うるま市~宜野座村、うるま市~恩納村、名護市が検討されました。しかし、採算とされたのは宜野湾市~嘉手納町のみという厳しい結果となりました。これについては、支線の5と6のいずれかは本線ルートとなるのでは?という疑問が残りますが、少なくともうるま市以北の区間については結論からして不採算なのでしょう。いかにして中南部の区間が北部の区間の赤字を補填できるか、というのが焦点になりそうです。

平成29年度調査(第8回)

 この調査では、主に工法の変更などによるコスト縮減が図られました。あまり大きな変更点はこの調査ではなさそうです。ただ、この調査の方向性を見るに、第7回調査で検討された支線については、必ずしも軌道系交通機関でなくとも重要な支線軸として検討されそうです。

平成30年度調査(第9回)

 第9回調査では、大深度地下を利用することが検討されました。大深度地下とは、通常地権者の同意が必要となる深さの地下を超え、掘削する際に地権者の同意を必要としない深さです。これにより、用地買収が不要というメリットがあります。しかし、大深度地下を掘削するには大きなコストを要し、この調査ではむしろ事業費が増加する結果となってしまいました。また、この調査の後、同じく大深度地下を利用したはずの東京外環道の工事で陥没が発生してしまい、今後大深度地下を利用するところでも地権者の同意が必要となる可能性もあるため、沖縄鉄軌道では大深度地下を利用しない可能性が高いとみられます。

令和元年度調査(第10回)

 第10回調査では、新たな支線軸として、名護市に新たに建設予定のテーマパークへの支線軸が検討されたほか、新たなシステムとしてHSSTと高速鉄道(時速200km超)の導入が検討されました。HSSTは高速AGTに比較しても事業費が小さく、HSSTの可能性が高まった回とも言えます。また、県民の皆さんが懸念している事項であろう、不発弾に関する検討が初めて行われました。

今回の調査(概要)

 今回は、前回登場したHSSTに関する検討や、小型粘着式鉄道(鉄輪式リニア)に関する検討、ならびに両数の検討を行っていました。ここからは、各種検討に関する具体的な考察をしていこうと思います。

両数の検討ー系統分離の可能性ー

 最初に触れられていた内容は両数の検討です。沖縄鉄軌道における両数は4両を基調に検討されていますが、うるま市以北ではその需要が小さいため、2両とする方向で検討されました。

 このことから考えられる方向性としては、(1)通しで運行する快速電車については具志川駅(仮称)において編成の分離を行う、(2)具志川駅で各駅停車電車については系統分離を行う が考えられます。

 そもそも、今回の調査で検討されている糸満市~名護市の(ルート上の)距離は約90km程度であり、この区間を通しで運行するには距離が長すぎます。もし各駅停車が表定速40km/h程度で運行したとしても(それでも早いといえば早いですが)2時間超かかります。90kmもあれば系統分離が行われることも自然ではあります。

 系統分離の例として、東北本線を挙げてみます。例えば、黒磯~仙台の間を例にとると、新白河、郡山、福島、白石で系統分離が行われています。黒磯~新白河については交直切り替えによってそもそも郡山に導入された電車が使えない(水戸から持ってくるしかない)という事情もあってか距離は短いのですが、それ以外の区間では概ね40km程度で系統が分離されています。かつては福島~仙台の間の80km余りが通しで運行されていた時期がありますが、最近になって白石で分離しました。この区間には白石分断前に快速電車である「仙台シティラビット」が運行されていましたので、概ね90km通しで快速を運行する沖縄鉄軌道とほぼ一致します。ちなみに所要時間は1時間程度でした。

 両数を変える、つまり切り離しと併合を行う鉄道も存在します。関東を走る中距離電車である東海道、宇都宮、高崎、常磐の各線はいずれも切り離し併合を行います。特に高崎、常磐ではその傾向が顕著で、前5両は籠原/土浦止まりというのはもはや風物詩でもあります。距離自体は沖縄鉄軌道で行われるよりは長いですが、これは需要の問題も含まれますので、概ねこれも妥当といえるでしょう。

 これまで具志川駅(仮称)における系統分離はありましたが、切り離し/併合作業を実施することも言及されたのは初めてです。系統分離であれば折り返し設備や電留線を設置することで対応可能ですが、切り離し/併合は残した車両をどこに置いておくのか問題が発生します。ちなみに高崎/常磐の系統分離地点である籠原、土浦に関しては、籠原は車両センターがあり、土浦にも相応の設備があります。つまり、具志川駅付近にはそのような設備を設置する必要性があるので、それにかかる用地の確保、コストなどはかかってしまいます。また、4両通しの車両ではなく2両+2両で運行するとなれば、それなりに車両にも設備が必要ですし、切り離し、併合作業には人員も必要です。自動運転をできるかどうかにもかかわります。もろもろのコストを検討すると、やるかどうかは微妙ではないでしょうか。

ちなみに私は石川駅で行うものだと思っていたのですが、内閣府は具志川駅でやるつもりのようです。県は石川駅を分離地点としており、このあたりも考えが異なっていることがわかります。もし分割併合を具志川駅でするとなると、それにかかる用地確保は石川駅周辺よりも厳しいでしょう。やるなら石川駅だと私は考えますが、このあたりのコストは検討されているのでしょうか。

システムの検討

 もう一つ重要になるのが運行システムです。つまり、ルートを何で走らせるか、という点です。この調査が発足した当初は普通鉄道、従って山手線や京浜東北線といったものと同様のものが検討されましたが、これらの鉄道は車両サイズの問題でトンネル断面が大きくなり、従ってコストもかかるため県も内閣府も早々に断念していきました。県は鉄輪式リニア(大江戸線や仙台市地下鉄東西線などで導入実績あり)を固めましたが、内閣府としてはまだどのシステムを採用するのかは決まっていません。今回の調査では鉄輪式リニアとHSSTが検討されました。

 鉄輪式リニアの良い点としては、導入実績がすでに豊富であることが挙げられるでしょう。都営地下鉄大江戸線のほかに、仙台市地下鉄東西線や、大阪メトロのいくつかの路線、福岡市営地下鉄七隈線など数多くの路線で導入されています。導入する際はこれらのノウハウを生かすことによるコスト削減が十分に見込めます。また、鉄輪式リニア鉄道は普通鉄道に比べて勾配に強く、カーブに強く、なおかつ低コストです。

 ただし鉄輪式リニアについては、高速走行の実績がないことも考えねばなりません。県や国としては”那覇~名護間1時間”という大きな目標を達成したいと考えています。この距離は約70kmで、単純計算で表定速70km/hを出す必要があります。この表定速というのは、電車が駅に停車する時間などもろもろの時間を込みで計算したものであり、実際に出す速度はそれ以上が求められます。現に、内閣府は160km/h走行も視野に入れているほどです。鉄輪式リニアでは100km/hを超える走行事例は中国にしかありません。また長距離走行も都営大江戸線の40km程度が最高値であるため、90kmの距離で、かつ160km/h走行をするような路線に鉄輪式リニアが最適なのかどうか、これは見極めが必要でしょう。

 ちなみに県は最高速度を100km/hとしていましたが、100km/hで表定速70km/hを実現するにはほぼ無停車かつ直線しかありえません。現実には中南部の各都市には止まらねばならないため、これはほぼ不可能と考えてよいでしょう。比較的低速で表定速を速くした事例としては北越急行ほくほく線の「超快速スノーラビット」(最高速度110km/h)が挙げられますが、越後湯沢~直江津の50km余りの区間での途中の停車駅が六日町のみで、かつこの路線は過去に「特急はくたか」(最高速度160km/h)の走行経験がある路線であるので、比較にはなり得ないと思われます。表定速70km/hというのはかなり大きな壁であり、これを超える電車は特急でさえも一目置かれる存在です(スーパーはくとやひたちといった名だたる特急が並びます)。

 この問題を一挙に解決できるとして注目されるシステムがHSSTです。HSSTとは磁気浮上式リニア鉄道であり、根本的な考え方は中央新幹線と同様です。ただし、中央新幹線に導入される超電導リニアとは異なり、ここでは永久磁石を使って常時浮上することを実現します。最高速度は100km/h以上、理論上は200km/h、300km/h出すこともできます。坂に強く、カーブもお手の物で、なおかつモノレールのような設置が可能です。騒音は鉄道の中では最強クラスに静かで、騒音問題などはたとえ200km/hで走行してもあまり発生しないでしょう(トンネルの出口などでない限り)。

 ここまで聞くと最強なのでは?と考えてしまいがちですが、このHSSTの弱点は導入実績がほとんどないことです。日本国内では愛知県のリニモのみで、HSST(狭義)では世界でもここだけです。同じ考えとしてドイツ製のトランスラピッドがありますが、こちらは実験線で死亡事故を起こしたのを最後に上海に輸出されて開発は終了しています。そもそも、理論上200km/h、300km/hが可能だとしても、それで安全性が担保されるのか、乗り心地はどうなのかという点については未知数です。距離も90kmというのはHSSTにとっては未知数で、結局沖縄鉄軌道に導入するためには別途開発が必要になります。HSSTは鉄輪式リニアや高速AGTに比較しても安いと見込まれていますが、そこに開発費は含まれていないでしょう。

 ちなみに、高速AGTというのは、ゆりかもめや日暮里・舎人ライナーといったAGTの高速版で、120km/h程度出せるといわれています。”いわれている”というのは、実はこのシステムは開発途上であり、導入実績は皆無です。ない技術を議論することほど”机上の空論”という言葉が当てはまることはないでしょう。それであってHSSTより高いというのですから、現実的に無理でしょう。

 過年度調査で高速鉄道(=新幹線)が検討されていますが、結局調査からは外されています。HSSTを使えば法律上新幹線となる鉄道を作れますが、先述のようにそれによる安全性などは未知数です(理論上は可能です)。

 ただ、これらのシステムを総合的に考えると最も有利なのはHSSTであることは間違いなく、今後はHSSTを基調とする可能性が高いと考えられます。となると実験線を作る必要があるかもしれませんね。もしそこで安全性などが担保されれば導入しない理由はなくなるわけですから。

路面電車の可能性はあるのか

 もっとも、ここまでの話は鉄道の話であり、路面電車についてはまた別に検討されています。路面電車といっても、これまでのような路面電車とは異なり、LRTと呼ばれる技術を使います。

 LRTとは、都市部では路面電車として車とともに走り、郊外部では専用線を通常の鉄道と同様に走るというものです。国内でも宇都宮ライトレールや福井鉄道に代表されるような導入実績があり、海外ではインターアーバンに代わって鉄道の主流になりつつあります。

 沖縄鉄軌道で導入するメリットとしては、これまでのシステムでは地下を通るしかなかったのが、路面を使えばよいのでコストも縮減できる、というわけです。

 しかしこの路面電車には沖縄鉄軌道で導入するには大きなデメリットが存在しています。いくらLRTといっても、都市部は路面電車であることに変わりはありません。しかし、そもそも導入するべき中南部では渋滞が発生し、路面電車システムが正常に運行される保証はありません。さらに言えば、路面電車を導入することによる渋滞の発生や、事故の発生といった交通の混乱が発生することは避けられないでしょう。加えて、中南部は南北に長く、路面電車で中南部を抜けようとすれば3時間程度はかかります。名護まで行こうとすれば5時間はかかるかもしれません。それならまだ高速バスを使った方がましでしょう。

 路面電車を導入することは、コスト的には十分あり得ても、実際に県民生活を向上させる上では導入するメリットがあまりないといえると思います。

沖縄鉄軌道政策は原点回帰が必要

 沖縄鉄軌道政策を進めるうえで重要なポイントは、なによりも中南部の交通渋滞解消です。北部振興の側面もあるかもしれませんが、今は喫緊の課題である中南部の交通渋滞解消を第一に考えなければならないと思います。現在のバスの再編では間に合わず、またバイパス道路を作ることがかえって渋滞を招いている現状は、沖縄経済を破壊しかねない、重大な事態です。これを解決するための鉄軌道であることを忘れてはならないと思います。

 沖縄県も強調していますが、何より大切なことは「県民生活の向上」ということです。”観光に地下鉄道は向かない”という意見もありますが、そもそも今作るべきは交通渋滞解消に十分寄与するシステムであり、観光トロッコではありません。こうした点を踏まえて議論を深めるべきではないかと考えます。

 交通渋滞解消を解消する鉄軌道を作るうえで最も重要なポイントは、いかにして車の利用者を鉄軌道に転換させるかということです。そのためには、定時性の向上や、各駅へのパークアンドライドの設置を通じて利便性の向上を図り、何よりも”県民にとって使いやすい”鉄道を実現させる必要があります。コストが議論の中で大きなポイントになっていますが、何よりも大切なことはこの”県民にとっての使いやすさ”ではないでしょうか。この”使いやすさ”こそが、交通渋滞解消を実現する上で重要なポイントなのです。

今後の方向性に関する個人的な意見

 ここから先は個人的な意見です。先に述べた交通渋滞解消の観点で考えると、やはり中南部での導入を最優先に考えるべきだと私は思っています。北部振興の側面があるのは理解していますが、国が試算している内容を踏まえると、北部区間に採算が取れる見込みは少ないと考えられます。

 このことを踏まえるに、やはり糸満市~うるま市の区間を先行導入し、そのうえで中南部地域における支線軸の導入を進めながら北部圏への延伸を検討するべきでしょう。糸満市~うるま市の区間で検討すれば黒字になることは間違いないでしょう。先行開業後しばらくの間(延伸するまで)は石川駅から沖縄自動車道を経由した高速バスを頻回に運行することによって、鉄軌道の恩恵を北部にももたらす、このような形が最も現実的だと思います。中南部の区間が軌道に乗り次第、順次北部の区間の検討を速やかに進めていくことになるでしょう。

 中南部の区間は、これ以外にも採算がとれる区間をピックアップして鉄道網を広げることで、中南部都市圏と同様の都市圏人口を持つ都市と同様の交通利便性を実現するべきです。中南部都市圏は人口120万人を抱える大都市です。このような場所に鉄道がほとんどないのは深刻な問題といえます。この規模の都市圏では地下鉄の導入すら行われているところもあるわけです。ぜひこの事実を念頭に、県や国が協力して進めてもらいたいと思います。

おわりに

 沖縄鉄軌道事業は、辺野古への基地の建設とバーターといわれることもあります。しかし、実際にはこの沖縄の交通事情は、政治的な取引で使われるべきものではないと思います。沖縄の交通事情の改善は、県民の願いでもあります。ぜひ、政治家の皆さんにはこのことを頭に入れてもらいたいと強く思います。

 もうすぐ衆院選、来年は参院選、県知事選、各市町村の首長選も控えています。選挙イヤーはもうすぐです。沖縄鉄軌道事業も一つの争点として、県民みんなの問題として、県民の間で議論が深まっていくことを願ってやみません。私は、沖縄鉄軌道の早期実現を今後も求めていきたいと思います。

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