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小説 そして子供は生まれた

母親は弱ってやつれていたのに
赤ちゃんは 昭和二十年の一月
産母さんに取り上げられて、無事に生まれた
泣き叫ぶ赤子の口に母親の乳房を含ませる
吸い付く力は強そう
一口、二口、三口
いくら吸い付いてもおっぱいは出なかった
母親は衰弱しきっていた


火が付いたように泣きさけぶ赤子
見守る女達
男達は自転車で村中走り回る
乳母を訪ねまわった
戦時中の事 、若い男は兵隊にとられていて
子供を産むような女は村にはいないようだ
どこで聞いても母乳はない

よわっていくのがわかる
女達は水のように薄めた重湯を
ボトルに入れて口に含ませる
吸い付かない
赤子は疲れ果て眠りにおちる
目を覚ますと大きな声で精一杯泣く
たまらなくなって

女達は自分のしなびた乳房を
出して赤ちゃんの口に突っ込む

吸い付く気力をなくしていく
この子は生きていかれるのだろうか
お父さんはまだ戦地にいるのに

この赤ちゃんは死ななかった

生かされたのだ


乳母さんのおっぱいをもらって
どうにか育っていった

終戦が来て、父親が戦地から戻ってきた
家族を乗せたリヤカーを引いて
貝をとって食料にできる海辺に引っ越した

母親も赤ちゃんも少しだけ元気になった






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