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私について

2023年12月上旬、クラブから契約満了の通知を受けました。
この年の成績はシーズン序盤から振るわず、下位に低迷した1年でした。自ら責任をとって辞任する意向を固めていましたが、結果的にクビを切られた形になりました。
私はこのタイミングで転身することを決断。長い間挑戦したかった仕事です。このNoteは、その一部でもあります。
まずは私のプロフィールについて、簡潔にこれまでのキャリアをお話しさせてください。


1.キャリア確立期:研究職からオリンピックへ

けん玉が上達する過程で、最初に変化がみられる部位(身体の使い方)はどこか。なぜかこのテーマに取り憑かれた私は「分析」の分野に没頭ます。スポーツ系大学で研究職に就いていた時期です。
大学院時代はスポーツ心理学を専門としていましたが、上手い具合にそれぞれの要素を取り入れながら、仕事にしていったと思います。心理学の目的は、人の行動を予測することです。細かな分析の上に、人の行動(パフォーマンス)を予測するスタイルに取り組みました。
そして2000年夏、師匠のサポートとしてシドニーオリンピックに帯同しました。これが私にとって、最初のトップアスリートとの仕事です。日本選手の様々なデータを蓄積しました。柔道で田村亮子や井上康生が金メダルを獲得するなど、日本勢が大活躍した大会でした。

2.キャリア拡大期:起業、そしてプロの世界へ

2−1.プロ契約

オリンピックを機に「自分のやりたいことは研究ではない。(スポーツの)現場だ。」と自覚できた私は、3年後に仲間数人で起業しました。子どもを対象にしたスポーツ教室が主な事業でしたが、私は選手やチームと契約してパーソナルトレーニングや分析を担当しました。
契約した選手の種目は様々でした。サッカーに野球、バスケット、ゴルフ、競艇といったプロアスリートに限定して契約しました。「サッカー未経験者がサッカー選手の指導ができるの?」と疑問に思うかもしれません。私が指導していたのは、技術的なことではありませんでした。全ての種目において、ベースにパフォーマンスの分析があり、そこを強化・改善するためのメニューをつくり、選手に提供するのです。当時はよく、「ゴルフで100叩く人間がプロゴルファーを指導しているね」と揶揄されたものです。
選手が成功し、結果を出せば次々とオファーがくる世界ですが、逆に結果を出せなければ選手はこの世界から去ることに、私にはオファーがなくなる厳しい世界です。この頃から「私の分析力や提供するプログラムだけが成功の要因ではない。成功する選手にみられる共通点がある。」と感じ始めたのです。

2−2.育成年代の強化

この時期、全国に先駆けてタレント発掘事業という「未来のメダリスト育成」をうたったプログラムが福岡県でスタートしていました。2020年に開催された東京オリンピックに向けた選手育成が一番の目的でした。
私はスポーツ心理学をベースに座学を担当し、トップアスリートになるための姿勢や考え方、習慣などについて育成年代の子どもたちに話す機会を得ました。同じ時期にJクラブのアカデミーでも同様の依頼を受け、プロを目指す子どもたちと深く関わることができたのです。

2−3.障害者スポーツとの関わり

大学に勤めていた頃、視覚特別支援学校で非常勤講師をしていました。生徒さんの中には弱視の方もいれば、全盲の方もいました。年齢は18歳から60代の方まで様々です。
身体を動かす機会が少ない視覚障害者の方に運動の機会をつくろうと挑戦したのがブラインドサッカー(視覚障害者のために考案されたサッカー)でした。Jクラブの協力を得て、チームをつくることができ、全国大会も果たしました。
ブラインドサッカーの普及活動が評価され、2014年に県から「障害者スポーツ活性化事業」を受託。これを機に、障害種別を問わず、すべての障害児にスポーツ参加のきっかけをつくることができたのです。この体験は、私の後の指導や仕事に大きな影響を与えることになります。

3.キャリア深化期:Jリーグ

2016年、師走の慌ただしい時期でした。以前パーソナルトレーニング契約をしていた選手がJクラブの監督就任が決定し、私のところにもコーチングスタッフとしてオファーが届きました。それまでの契約と違い、完全にクラブの一員となる契約です。会社を離れることは避けられませんが、私には難しい決断ではありませんでした。
翌2017年シーズンからJクラブで働くことになり、24時間サッカー漬けの生活のスタートです。トータル7年間で2つのクラブに所属し、最初はデータの管理・分析、後半は強化部としてチーム編成から強化全般の業務に従事しました。
短い期間でしたが、昇格や優勝争いも経験できたことは貴重な経験でした。もちろん苦しいシーズンもあったので契約満了になったわけですが…。

4.私が発信したいこと

プロスポーツの世界は、見えないこと、わからないことが多いのではないでしょうか。小学生が「将来なりたい職業」(日本FP協会,2023)の第1位はサッカー選手です。野球が2位、バスケットが4位とプロスポーツ選手は人気の職業であり、子どもたちが夢見る仕事です。

小学生男子が「将来なりたい職業」(日本FP協会,2023)

しかしその夢を叶える子どもはほんの一握りです。多くの人は、プロになる選手は生まれもった才能と、優れた実績の持ち主だと思っていることでしょう。もちろんそれを否定するつもりはありません。ただ私が23年間で感じていることは、プロ選手の中で天才と呼ばれる人こそほんの一握りで、多くの選手は大きな差はありません。タイミングや場所が悪かっただけでプロの道を逃した選手を何人もみてきました。
私は昨年までスカウトで下位カテゴリーの試合に何度も足を運びました。(お金をかけずにチーム編成をする必要があったので)
それは地域リーグのアマチュア選手の中に、今すぐJリーグでプレイできるレベルの選手が埋もれているからです。
長くなってしまいましたので、そろそろまとめを。私はこのNoteを活用して、プロを目指す子どもたち、若者たち、その保護者に役立つ情報を発信しようと考えています。学校では聞けないこと、業界ならではのルールなど、これまで何度も質問を受けたことをわかりやすく発信できればと思っています。
私の情報がわが国の競技力向上の一助となれば、これほど嬉しいことはありません。

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