8mmフィルムに愛を込めて【後編】
いつもの閑古鳥が鳴いている写真館に一人の女性が訪ねてきた。
その女性は、バックから丁重に8mmフィルムを取り出した。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、すみません…この8mmフィルムなのですが、今、私が観る事はできますか?」
「何か緊急な事でもあるのですか?」
「一ヵ月後に私の結婚式がありまして・・・」
女性の話を聞くと、先週、父親が突然の交通事故で亡くなってしまったという。娘の結婚式でこの8mmフィルムを披露しようとしていたらしく、亡くなる直前にも録画をしていた。しかし、これを操作できる者は誰一人としておらず、結婚式もキャンセルはしたくないし、8mmフィルムは観たいしで、困り果てここへ来たとのことだった。
8mmフィルムを拝見したところ、保存状態は良く何の問題もなさそうだ。編集してある箇所を見ると、とてもきれいに繋げてあるのが分かる。丁寧な仕事ぶりがうかがえる。
『突然の事故で亡くなられて娘の結婚式に出席できず、さぞ無念だったろうな…』
その8mmフィルムが訴えかけてきているように感じた。
「じゃ、始めますよ」
映写機から映し出される映像は、素人とは思えないほどのもので驚きを隠せなかった。
やはり親として子にしてあげられる最大限の愛情だと感じた。
始まってすぐに、女性はハンカチで涙を拭っていた。
終盤に父から娘へのメッセージがあった。
《うぅん…こんな形で父から娘へメッセージを伝えるのは恥ずかしいなぁと思ったんだけど、今撮らなきゃダメだと思い立って、これを撮っています…。
えーっと、お父さんとお母さんの子供として生まれてきて、こんなにも小さく守ってあげなきゃいけないっていう感情が湧きました。
すごく可愛かったんだよ。
”幸”(さち)の名前について言ったことあったっけ?
この文字をね、逆さまにしても”幸”なんだよ。わかる?
人生にはいろんなことがあるよ…楽しいことばかりじゃないよね。
苦しい、辛いことの方が多いかなぁ…
でも、つまずいて倒れても、”幸”は大丈夫な子に育ててきたつもりだから、お父さん、お母さんと離れても幸せでいられるよ。
”幸”がひっくり返っても”幸”なんだよ!
結婚おめでとう!
旦那さんと仲良くして、早く孫に会わせてください!
大好きな幸へ、お父さんより》
女性は声をあげて泣いていた。
今まで娘に見せたことがなかった父の姿…
仕事、仕事であまり接点がなかった。そして、お別れも言えぬまま突然、天国へ旅立ってしまった。父の笑顔、この優しいメッセージには堪えたらしい。
父親が亡くなる少し前に自撮りした8mmフィルム…まるで、自身の死を予見していたかのようにこれを録画したのだろうか…
女性はひとしきり泣いた後に、こう言った。
「私の結婚式でこの8mmフィルムを披露したいです。映写機で当日やって頂けませんか?」
僕は迷わず答えた。
「もちろん!喜んで承ります」と。
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