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水の音の中で───第13話


13-1

◯川沿いの遊歩道(夕)


   葉月、欄干の上で腕を組むようにして立っている
   その隣に立つ久弥


久弥「好きじゃないからとか──」

久弥「何が足りないとか
 じゃないし──」

葉月「うん」

久弥「──……(視線を落とす)」


久弥M「むしろ逆だけど」


久弥「やっぱり 俺は──」

久弥M「──好きだよ
 好きだから」

   葉月の顔を見て
久弥「“そういう人”
 作る気になれない」

久弥M「…だから──」

久弥「恋愛とか──」

久弥「しようと思えなかった」

久弥M「その手を掴むのを躊躇ってしまう」

葉月「──……」


久弥「だから お前には──」

久弥「そういうんじゃなくて…
 もっと ちゃんと──」

久弥「ちゃんと受け止められる人と
 恋愛してほしい」

葉月「──……」
   久弥を見つめる


葉月「それはさ──」

久弥「…?」

葉月「仮に俺が
 “待ってる”って」

葉月「お前が
 そういう気持ちになれるまで──」
葉月「待ってるって言っても──」

久弥「──……」

葉月「それでも
 変わんない答えなんだよな」


久弥「──……」
   視線を落とし、一寸考えを巡らせる


   視線を上げ、葉月を見て
久弥「うん(静かに頷く)」

葉月「──……」


   次第に空は桃色〜紫の夕焼けに包まれる

久弥「だから
 そういう関係にはなれない」

久弥「葉月とは」

葉月「──……」


葉月「それが “返事”?」

久弥「うん」


葉月「──……」
   久弥から視線を外し、徐に正面に向き直る


   正面の川面を眺めたままで
葉月「そっか」

久弥「──……」
   葉月の横顔を見つめている


久弥「お前とは──」

葉月「…?(久弥の方に振り向く)」

久弥「ずっと今のままでいたい」
久弥「…今の──」

久弥「いい “友達”のままで」

葉月「──……」
   久弥の顔を見つめている


久弥「ダメ?」

葉月「……」


葉月「“ダメだ”って言ったら?」

久弥「──……」


久弥「…言ったら──」


久弥「なら しょうがない
 大人しく諦める」

葉月「っ…(笑って)」


葉月「(笑いながら)なんで
 そんな物分かりいいんだよ」
葉月「もうちょっと引き止めろって」

久弥「っ…(笑って)
 だって──」


久弥「…だって──」
   視線を落とし、独り言のようなトーンでつぶやく

葉月「──……(久弥を見つめる)」


葉月「“だって”?」

久弥「──……」
   葉月を見つめる


久弥「(軽く笑いながら、首を振って)何でもない」

葉月「っ…(軽く笑って)
 なんだよ」
   言って正面に向き直る

久弥「──……」
   葉月の横顔を見つめている


久弥M「だって──

 お前が嫌なことは したくない

 嫌な気持ちを
 押し殺してなんて欲しくない

 誰よりも
 お前にこそ──

 幸せでいて欲しいから」


  *    *    *


葉月「じゃあさ──」

久弥「ん?」

   久弥の方に向いて
葉月「明日からも友達な?」

久弥「──……」


久弥「うん(静かに頷く)」

葉月「今までと何も変わんない?」

久弥「うん」

久弥「変わんない
 明日からも──」

久弥「一緒に学食行って──」
久弥「ノートも貸してあげるし」

葉月「はは──」


葉月「(軽く笑いながら)うん
 助かるわ」
久弥「でしょ」


葉月「これまでと──」
   川面を眺めたまま、独り言のようなトーンで話す

葉月「何も変わんないよな
 明日からも──」
葉月「今のまま…」

葉月「全部 これまで通りだよな」

久弥「──……」
   葉月の横顔を見つめる


久弥「うん」


久弥M「勝手な本音を言えば──

 最後に一つだけ
 我儘を言いたかった

 お願いだから──

 新しく別な人を好きになっても
 言わないで
 教えてくれなくていい」

久弥M「きっと
 そんな話を聞いてしまったら

 “今のまま”じゃ いられなくなる

 “いい友達”として──

 隣になんて
 立っていられなくなるから」


   引きの画、欄干にもたれて並んで立っているふたり
   その背中が夕陽に照らされている



13-2


   ×   ×   ×
   (回想)
   葉月の告白を退ける久弥

   久弥「だから
    そういう関係にはなれない」
   久弥「葉月とは」

   ×   ×   ×


◯屋外、大通り沿いの道(昼)


   葉月、ひとり自販機の前に立っている

葉月「──……」
   久弥にあげたものと同じパック飲料のボタンの上で、思わず指が止まる


葉月M「なんで──」

葉月「…?」
   頭上に落ちてきた滴に気付いて、空を仰ぐ

葉月「雨…?」


葉月M「たった数ヶ月」


葉月「やば──」
   言いながら、自販機のボタンを押して

葉月「…傘なんて持ってないって」
   パック飲料を手に取り、小走りで駆け出す


葉月M「長い人生から考えれば──」


   小雨の中駆けていく葉月の姿と、回想シーンを交互に

   ×   ×   ×
   (回想)
   島に向かう船上
   久弥と葉月、ふたり並んで海を眺めている背中
   ×   ×   ×

葉月M「ただ ほんの一瞬を
 過ごしたに過ぎないのに──」

   ×   ×   ×
   (回想)
   ふたりで行ったカラオケにて、葉月の歌を聴いている久弥
   ×   ×   ×

葉月M「なのに そこかしこに
 あいつの “影”を見つけてしまうのは」

   ×   ×   ×
   (回想)
   学食で久弥に課題を教えてもらう葉月
   ×   ×   ×
   (回想)
   キャンパス内のベンチにて、“葉月”という名前が似合っていると言う久弥
   ×   ×   ×

葉月M「自分でも気付かないほどに──」

   ×   ×   ×
   (回想)
   島の旅館にて
   葉月の膝の上に寝転がり、葉月を見上げる久弥の姿
   ×   ×   ×


葉月M「深くまで潜ってしまったから?」
   (回想終了)


◯ 店の軒先


   かつて久弥を迎えにきた店の前を通り掛かり、思わず足が止まる葉月

葉月「──……」
   店先を見つめている


   ×   ×   ×
   (回想)
   久弥「お前とは──」

   久弥「ずっと今のままでいたい」
   久弥「…今の──」

   久弥「いい友達のままで」
   ×   ×   ×


葉月「──……」
   足元の虚空を見つめたまま、物思いに耽る

葉月M「大丈夫
 何も変わんないよ 全部──

 今のまま…
 これまで通り──」


葉月M「…でも “これまで通り”って──」

   ×   ×   ×
   (回想)
   これまでの久弥との思い出
   こちらに向かって笑い掛ける久弥の姿
   ×   ×   ×
   (回想)
   店の軒下にて、傘に隠れてキスをするふたり
   ×   ×   ×


葉月M「どんなだっけ?」


葉月「──……」
   葉月の顔のアップ、滴が頬を伝い流れていく


葉月「……」
   ふと気付いて、頬を流れる滴に手で触れる


葉月「泣いてる…?(驚き)」


葉月M「嘘だろ

 まるで何かのドラマみたいだ」


葉月M「なんで?

 いつから そんなに好きだった?
 …俺は──

 ちゃんと好きだったんだ
 自分で思うよりも ずっと──

 久弥のこと」


   葉月、着信に気付き、ポケットからスマホを取り出す
   画面には久弥の名前

   徐にスマホを耳に当てる
葉月「っ…(鼻を啜る)」


◯ 大学、図書館入口

   久弥、壁際にもたれるようにして立ち、電話をしている

   電話口で話す久弥と葉月のカットを交互に

久弥「葉月?」
久弥「こないだ お前が言ってた本さ──」


葉月「っ…(鼻を啜る)
 うん──」
   静かに涙しながら、会話を続ける

久弥「旧校舎の方の
 図書館にならあったよ」


葉月「…マジ?
 ありがと」
   泣いているのを隠すように、努めて明るい声音で話す


久弥「あと お前の傘──」
   言いながら軽く頬を綻ばせ、すぐ脇の下方に目をやる

葉月「傘…?」

久弥「うん
 ちゃんと──」
   久弥の言葉に被るようにして
葉月「…雨がさ──」


久弥「え…?」

葉月「…ただ 雨が──」

久弥「──……(じっと聞いている)」

久弥「…葉月?(僅かな動揺)」


葉月「…雨が降ってるだけだと
 思ったのに──」
   自嘲するように笑いながら、同時に泣けてくる


久弥「葉月…?」
   すぐ側の窓ガラスに手を当て、外の様子を窺う

久弥「雨 降ってんの?」


葉月「俺 好きだよ 雨(軽く笑いながら)」

久弥「え?」

葉月「だってさ──」


葉月「…雨の中なら誰も──」

   自嘲するように、軽く笑いながら
葉月「泣いてることなんか
 分かんないでしょ…?」


久弥「葉月──(動揺)」

葉月「…だから 俺 好きだよ
 …すっごい──」
   ポツポツと、呟くように話す

葉月「好きだよ」

久弥「──……」


   話しながら涙が溢れてくる
葉月「自分じゃもう…」

葉月「どうしようもないくらい──」

久弥「……」
   思わず閉口する


葉月「俺 思ってるより
 ずっと──」
   再び自嘲的に軽く笑いながら
葉月「ちゃんとショックだったみたい」

久弥「…!(はっとして)」


久弥「葉月?
 泣いてるの」

葉月「っ…(泣いて、思わず息を呑む)」


葉月「…分かんない
 もう──」
   雨と涙で濡れた顔を手で覆いながら
葉月「…分かんないよ 俺──」


久弥「今 どこ」

葉月「え…?」

   久弥、図書館から飛び出そうとして
久弥「…!」
   はっと思い出したように、脇の方を一瞥する

   角に立てかけられているスカイブルーの傘

   勢いよく傘を手に掴み、外へ飛び出していく久弥


  *   *   *


◯ 屋外、裏通り


   久弥、傘を差して通りに駆けてくる


久弥「──……」
   必死な様子で周囲を見回す


久弥「…!」
   葉月の姿に気付いて


久弥「──……」
   ゆっくりと葉月の下へ歩いていく

久弥M「いっそ誰かに
 言ってもらえたら楽なのに

 これは “運命”だって」


久弥「(葉月に傘を傾けて)濡れるよ」

葉月「……」
   泣き濡れた目で久弥を見つめる

久弥M「運命には抗えない
 ずっと一緒にいる運命だって」

久弥「…ごめん──(泣きそうな顔で)」

葉月「──……(涙を堪えているような表情で)」

久弥M「一番近くにいるのは俺だって」


久弥「ごめん…
 ごめん…(言いながら泣けてくる)」
   そっと手を伸ばし、涙を拭うように葉月の顔に触れる

葉月「っ…」
   また涙が溢れてくる


久弥「…俺が馬鹿だった
 だって俺…」

久弥M「じゃなきゃ覚悟が決まらない
 君を──」


久弥「…お前に こんな顔
 させたくなんか ないのに──」

久弥M「こんな鬱屈とした
 雨の中に引き入れるのなんて」

   久弥、思わず傘を捨て、葉月を引き寄せ抱きしめる

葉月「っ…(泣き)」


   雨の中、涙するふたり
   足元には開いたままの傘が転がっている


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