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改行

もう冬か。




さっき大阪梅田駅に、サンタクロースが歩いていた。
とってつけたような、一目で贋物だと気がつくような見てくれのサンタクロースが。
こわばった微笑みを配りながら。


それでやっと、いまの季節が冬だということに気がつく。




四季が豊かなはずのこの極東の国に生きながら、人と人とシステムと構造に止めどなくおしながされ、ついていけるはずもない。
単純でいたいが、間に合わない。





ふとそんなことを考えるうちに、私はある重大なことに気がつきはじめる。




彼は通りすぎるカップルに、みずから手を振った。
2人はそれに手を振り返す。
両者ともとびきりの笑顔だ。


その瞬間私は、彼がたった今やっていることは、憎しみに満ちた復讐なのだと直感する。



そうだ、きっとそうなのだろう。ーー



今度は彼が青年の集団へ狙いを定め、手を振る。
浮かれた連中は手を振りかえす。
なんて「美しいはずの」瞬間だろう。



私は考えを強くする。
やはりそうだ、これは復讐なんだ。

世界へ、そして人生への。

「この世界に無駄なものなどない」この命題を可視化して体現することこそが、彼の復讐そのものなのだと。



彼はあちこちへと手を振り続ける。見境なく。

私は確信する。華麗な復讐劇だ。





ーーー自分のことを無駄だと思っている人はこの街の中にいますか?だとしたら、あなたたち。それはまちがいです。だってほら、僕だってこんな風に。たった今、人を喜ばせられているんですよ。それに手を振り合うだけで、互いにこんなにも幸せだ。だからこの世に無駄なものなど、ひとつもない。あなたたちの生命だって等しくそうだ。そうは思いませんか。ねえちょっと、ちゃんと聞いてもらっていいかな?そこの君ーーー




滑稽な空想。
私のあたまの中の出来事。
だがこれが仮に現実だったとすれば。現実のいびつさを、わたしたちがつくりだした皺寄せの甚だしさを、世界に証明してやるためのかけらが今この瞬間またひとつ、手に入ったことになる。

私は快感を覚える。



彼は訴え続ける。
彼の復讐が、梅田駅中に、世界中に広がっていく。



どんなに可笑しい光景なんだろう。
馬鹿馬鹿しい。
サンタクロースも、手を振りかえす連中も、必死に無視していた連中も、私も。全員、くだらない自尊心をひっさげて、そんなもののせいで、世界は意味を持たなければいけなくなったんだ。そしてそんなもののせいで、とうに頭がおかしくなっているというのに。大半の人々は、それが狂気として発露しないように、平然を装うのに必死だ。そうこうしているうちに、惨めに死んでいく。あたりまえのことだ、最初から生に意味などなかったのだから。でもどうだろう、死んだ当人に大義名分や正義はあったのかもしれない。なにかを成し遂げた気でいるのだろうか。だがそんなもの、最初から設定すること自体が、おそろしい狂気だと思う。
そうさせたのは、誰だろう。親だろうか。この世界に少し先に生まれてきやがった他人どもだろうか。自分自身だろうか。
心から、馬鹿馬鹿しく、愛おしく、どうしようもない。
私は興奮を覚える。



性的な興奮を。


ーーそんな恍惚にぼんやり歩いていると、環状線への改札を見失った。

私はいま、どこにいるつもりなんだ?
ふと我に返る。


単純でいたいが、間に合わない。



こうしてまた、あらゆるものを置き去りにして、季節が改行されていく。

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