未来2018年4月号を読む(1)

未来4月号。新年度になったので評を書く人が新しくなったりして、また雰囲気変わりました。ぜひお手に取ってみてください。お問い合わせはこちらからどうぞです。


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さて、読んでいきます。


手放したもののすべてが雪となる神の孤独をわれは思ふも(本多真弓)

この「雪となる」は終止形ではなく連体形で読んで「手放したもののすべてが雪になるような神」という解釈をするのがオーソドックスかなと思います。「手放したもののすべてが雪となる」ってすごいなあ。神が手放すってどういうことでしょう。どういう気持ちで手放すのだろうか。しかも神だから我々が理解してしまうことはできない。孤独の解消がありえないんです。誰かに愚痴を聴いてもらうこともできないでしょう。それを思っている主体は果たして孤独なのか。「わたしも孤独」とも読めるし、「わたしは神に比べたら孤独ではない」と読むこともできます。読者の視点や態度がそこで問われることになると思います。


ほほえみの春の路地裏すべてすべてうしなうことの予感にみちて(岸原さや)

「すべてすべて」の読み、「この世の全てのものが何かを失っていく」みたいなニュアンスなのか「(わたしが)何もかもを」という意味なのか読みが分かれると思いますが、それはキズではないと思います。「春は出会いと別れの季節」とはよく言われることですが、初句に「ほほえみ」を持ってきたのがいい歌だと思います。しかも、路地裏。単純に「春は美しい、でもうしなうことは悲しい」みたいなところに回収できない何かが春にはある、ということを表現しているのだと思うのです。


いつの間にさけていたのかわからないボタンホールも口約束も(田丸まひる)

ボタンホールがさけてしまっている。ボタンをかけようとしたときに「あっ」と気付いたんだと思うんですが、いつからこうなっていたのかわからない。それと同じように、何か二人でしようとするとか、あるいは会話をしていて突然約束が壊れてしまっていたことに気づく、という歌だと思います。それも「先週遊園地に行く約束だったのに忘れた」というような話ではなくて、関係性そのものにズレが生じてしまっている。だから食い違いを示唆するボタンという言葉を使ったのでしょう。「わからない」というあまりにも率直な言い方がきいています。もっと楽観的に「ふたりともなぜか約束を忘れちゃってそのまま何事もなかったかのように付き合っている」という歌だと読むこともできますが……。


ペパーミントくちから消えるまでゆすぐまだだめだまだ、まだ終われない(蒼井杏)

この一連全部好きでした。蒼井さんの歌は特定の状況を明示するというよりは、一気に普遍をガッとつかむところがあって、そういうところが魅力になっています。この歌もそうで、いったい誰がなぜ口をゆすいでいるのか全然わからなくて、下の句の声が読者に一気に迫ってくる感じ。たとえば仕事で失敗して「まだ頑張らなくちゃ」と思っているのかもしれないし、人間関係のことなのかもしれないし、あるいは全然ちがうことかもしれません。わからないのですが、でも「まだ終われない」という感覚は読者の中にもあって、それがペパーミントと呼応して歌に説得力を生んでいます。


足長蜂(あしなが)の口は精緻に嚙み合ってわたしのことも殺してほしい(道券はな)

足長蜂。虫のデザインってめちゃくちゃ精密にできあがっていて、見ると感心したり怖くなったりするのですが、その「異物感」というか「異世界感」みたいのがよく表現されていると思います。「わたしたちの世界に属するのではない何か」という感じ。「わたしのことも」なので「別の人のことも殺してほしい」という意味でしょうか。そうではなくて「狩りなどで使う精緻な口でわたしを殺してほしい」ということでしょうか。後者の読みがいいかな。「虫に殺してほしい」ってけっこう珍しい歌のように思えます。虫というリアルが死のリアルを担保しているといいましょうか、頭の中で考えた空想の死ではなくて、本物の死なんだということがよく伝わるのです。


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