SCENE17:「川③/海②」【メイキングオブ『ワンダーら』】
●シーン概略
「川」の彼らが辿り着いた先は。
◎ラストシーンのマジック
「海」のシーンで全体をサンドイッチするというのは最も初めから決めていた。というかそもそもの「海①」もそうなる前提でつくった。
シーンが大方出揃って、そろそろ順番を編むかと考えたとき、「この川の連中、海はまだかなってずっと海目指してるじゃん……じゃあ海に辿り着かなきゃじゃん!」となる。
そもそも「川」は『2017』の転用であるが、その原典での3人は最後まで海に辿り着かずに終わっている(その時はあくまで”目指す”ことに意味を持たせていたから)。そのため本作においても、初めは「海に辿り着く」というゴールを設定していなかった。だからこそ、全く別軸で「海」を描いていたのが偶然に繋がったのだ。「川①」の項で、《「海」が──つまりはラストシーンが──想像されないように、風も雨もない、穏やかな水面という対比。》などとそれっぽいことを書いたが厳密には嘘で、そもそも繋げるつもりはなかっただけなのだ。
こういうことが、私は作品をつくるときしばしば起こる。例えば「墓」のシーンのように、自分の想像の少し先で点が線になる感覚。特にラストシーンでそれは起こりやすく、今回もそうなった。なんなら少しそう期待しながらシーンを無作為に描きまくっていた節もある。まあ1人の頭で考えていることなので、どこかしらは繋がるのだろうけれど、考えている身からすればそれは魔法、マジックみたいな感覚なのです。
◎カーニバル、全体の
そしてカーニバルは、バニーたちと百鬼夜行を引き連れてやってくる。
これも小マジック。「海①」と同じ海に辿り着くのならカーニバルも来るということか、と台本の段階で考えてはいたが、おばけたちをそこに参加させるのは作画しながら思いついたことだ。ということはこれは〈それ以外のものたちのカーニバル〉だったのか!海から現れた時点で人外的なニュアンスはあるなあと思っていたけど、まさか〈それ以外〉をも包括することになるとは。
ちなみに私はおばけ=死者とは思っていません。重複するけど〈それ以外のもの〉の総称として捉えているので、よって「川」の彼女らが死んだからその葬列に巻き込まれる、みたいな解釈は違う気がしています。今のところ。
ちなみのちなみにバニーたちは阿波踊りの人々と同じく盛り上がりそうだったので、おまけで加えました。特に意味はありません。なにかのための、なにかなどない!(おあとがよろしいようで)
◎〈女性〉、そしてタイトル
そして、モチーフたる〈女性〉の登場とタイトルコールがあって終わる。
この巨大な女性が「海①」の女性と同一かどうかはわからない。母なる海というし、ポニョ的なことであるかもしれない。唯一、ハッピーエンドのように感じさせることのみが目的だったので、とにかく喜びのニュアンスさえ伝わっていればいい。
ここで初めてタイトルに「They are Wanderer」と副題がつく。本解説においては最初から「wander」の意味であることは明言していたが、本作を何も知らずに読む場合おそらく「ワンダー(wonder)ら=不思議なものたち」と誤読してくれるだろう、と。そのミスリードの上で、「wander=さまよう、放浪する」の意味をネタばらしする、という小細工である。
正直初めから「They are Wanderer」ってつけててもいいかなとは思った。このどんでん返しじみたカタルシスは作品にとって必要なのか怪しいから。が、体験として読む側も一度「この羅列は一体なんなの?」と行間を彷徨って欲しい、という願いがありもする。ので、ひとまずこの演出をGOとしたのだった。
あと「Wanderer→ワンダーラー」が「ワンダーら」ともかかってます。
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