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『屁をこいた犯人はおれじゃないけどアリバイはない』の回

冤罪って怖いよね。絶対に自分じゃないんだけれど、それを証明するアリバイがないときってある。そんな状況で自分が疑われているのを感じると、本当に自分じゃないってことを分かってほしい気持ちになる。でも、それを伝えようとすればするほど犯人っぽくなってしまう。コナンくん、早く助けて。「あれれー? こんなところに〇〇があるよー?」っていう小学生相応の幼さを演出する演技をしながら、早く真犯人を見つけ出す手掛かりを提示してくれ。

それでも、コナンくんがいても助からない状況ってものはある。わたしが高校生のころ、予備校に通っていたときの話である。わたしの通っていた予備校はビルの4階と5階に入っており、4階は自習室、5階は授業の教室といった具合にフロアが分かれていた。わたしはその日、学校が終わり、予備校の授業を受けるためにビルのエレベーターのボタンを押して、エレベーターが来るのを待っていた。エレベーターが1階に到着し、乗っていたおっちゃんが降りるのを待ってから乗り込んだ。そうすると、エレベーターの中がめちゃくちゃ臭い。最悪だ。確実にさっき降りたおっちゃんが、エレベーターに乗っていた間に屁をこいていて、その残り香が異臭を放っている。くせえ。不快な気分を抱きながら、エレベーターが5階に到着するのを待っていると、なんと4階で止まったではないか。え? なんで? 扉が開くと、そこには同じ高校の女子が立っていた。その女子が乗り込んでくる。ドアが閉まる。・・・。最悪や・・・。まだ臭い・・・。絶対におれが屁をこいたって思ってるやん。いや、ちゃうねん、ちゃうねん。おれじゃないねん。あんな、おれが乗る前におっちゃんが乗ってて、絶対そのおっちゃんが屁をこいてて、その残り香やねん、これは。おれじゃないねん。って伝えたい。でもそんなことはできない。この女子、顔は知ってるけど喋ったことはない。そして、あんまり面識がなくて、お互いがお互いに対してまだそれほどはっきりとした印象を抱いていない。だからこそ、わたしの印象としてこのエレベーター密室屁こき事件のことが彼女の中に強く残ってしまう。まるでこのエレベーターの中に残っているおっちゃんの屁の匂いのように。地獄。もはや地獄。

エレベーターに乗っている間、わたしは階数ボタンの前に立っており、その女子の表情を見ることはできなかったが、彼女は一体どんな顔をしていたのだろうか。何も言ってくることはなかったが、確実に思うことはあっただろう。なんならわたしは自分がこいた屁じゃないのに、疑われたかもしれないという思いから顔が真っ赤になっていた自覚がある。『コイツ・・・、耳赤くなってるやん。絶対屁ぇこいてるやん。マジ最悪なんやけど』と思われたかもしれない。そして今日のことを女友達に話すかもしれない。そして女子ネットワークの波に乗り、わたしのエレベーター密室屁こき事件は一瞬にして広まってしまうかもしれない。・・・。もう死のう。死ぬしかない。それぐらい恥ずかしい。もはや自分が屁をこいたんじゃないかと思うくらい恥ずかしい。ていうか、そもそも4階から5階に上がるだけでエレベーター使うなよ。なんやねんコイツ。現代っ子か。ロハスに生きろよ。そんぐらいやったら階段使え、階段を。という八つ当たり的感情まで芽生えてきた。人間、自分を正当化するために人を傷つけてしまうこともあると知った。

がしかし、わたしも先に乗っていたおっちゃんのことを無条件に被疑者として扱っていたが、果たして本当におっちゃんが屁をこいたのだろうか? このたったワンフロアエレベーターガールと同じように、屁をこいていないにもかかわらず、勝手におっちゃんのことを犯人と決めつけてはいないだろうか? いや、待てよ。冷静になれば、この女子も今のわたしと同じ思考に至り、果たしてわたしが本当にこの異臭を発した犯人なのかと考えてくれてはいないだろうか? もしかして・・・耐えてる? これ耐えた? 意外とイケる? いや、絶対無理やな。終わり、終わり。


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