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【百物語】酒吞童子

はじめに

酒吞童子の背景ストーリーです。

鬼王

式神 酒吞童子

最強の鬼の力…みせてやろうじゃねぇか。

記憶の中の伊吹山はいつも
悠々と響く鐘の音と霧雨に包まれていた。

数百年前、山には寺があった。
願いが成就するといわれ、
参拝者が後を絶たない寺だ。

俺は伊吹山の神子と呼ばれていて、
民の救済のために生まれた存在らしい。

あの頃の俺は、毎日寺で座禅を組み、
祈りの鐘の音を聞いていた。

時の流れと共に僧侶たちは老けていったが、
俺だけが若い姿のまま人々に経を読み続けた。

そしてある時、人々の煩悩も
変わってゆくものなのだと気付いた。

人間と妖の戦いが至る所で勃発、
世の中は生き別れや死別に溢れ、
見渡す限り軍旗と死体の山だらけ。

苦悩の言葉に耳を傾け、
経を読み続けるうちに、
人々の怨根がまるで蛇のように
手足にまとわりついてきた。

陰陽師鬼王酒呑童子伝記1
陰陽師鬼王酒呑童子伝記2
神の子

俺様に挑戦したいのか?

参拝者達の苦難が増えるにつれ、
蛇は世の中の不条理について
昼夜問わず耳元で囁いてくるのだ。

人間は誰しも同じ一面を持つ、と蛇は言う。
皆同じように神子を信仰しているが、
その裏に秘められた本心など誰に分かるだろうかと。

蛇:「自分の行くべき道を知りたいのだろう?」
蛇に問われる。
俺は完全に悟ったのだ。

怨根の化身となった妖気が一気に迫り来ると同時に、
俺も自らソレに手を伸ばした。
妖気はすぐに俺の五臓六腑に入り込み
俺の一部となったが、心地良ささえ感じられる。

たった一晩で俺の容姿は完全に変わってしまった。
鬼のような爪にとがった耳。

日が昇っても俺は部屋を出ることはなかった。
今のこの姿は、人々が口々に語る悪鬼そのものだからだ。

鐘が鳴り始め、お堂に姿を現した俺を見た瞬間、
これまで敬意を示してくれていた僧達は恐れおののき、
扉を固く閉じ俺を閉め出した。
参拝客達も我先に逃げ出していく。

その昔、話を聞いてくれた老住職の部屋へと急いだ。
錆びついた扉を目の前に、
住職はとうにこの世にいないのだと気が付いた。

俺は伊吹山を後にし、歩き続けた。

慈しみに満ちた神子の姿から変わり果てた俺に、
誰も救いを求めてくることはなくなった。

怯えた目を向けられた時、全てを理解した。
今も昔も俺は彼らと違うのだと。

陰陽師鬼王酒呑童子伝記2
陰陽師鬼王酒呑童子伝記3
覚醒・酒呑童子

俺様の足元にひれ伏せ!

妖となったこの身で妖気に導かれるまま、
最も瘴気の強い場所へと向かう。

道中、延々に連なる軍隊や屍の山にも遭遇し、
鬼の領土に近づくにつれ、
人と妖の殺し合いが激しさを増す。

腹を空かせた鬼や侍が襲ってくると、
奴らに対する嫌悪から、
俺は相手の心臓を鋭い爪で切り裂いた。

伊吹山の小雨とは全く異なる熱い血液が
顔にかかり、生まれ変わった気さえした。

鬼の領土は、入口から奥深くまで続く、
百里も連なる丹波山だ。
俺はここで自由に殺戮を繰り返す。

人間でも妖でも皮を引き裂けば、
あらわとなる血肉と心臓は同じように赤い。

この世の理は
僧侶達の言う規律と戒律などではない。
弱肉強食、勝ったものが正義なのだ。

戦いの絶えぬ、この悪鬼の地こそが
俺の居場所なのかもしれない。

袈裟を脱ぎ捨て、妖力で燃え上がらせると、
瞬時に妖火が天まで昇った。

百里以内の人も妖も妖気に誘われ、
大群で俺のところへ襲い掛かる。

俺は笑い出した。

丁度いい、この戦いの地を
俺の領土と王座にさせてもらおうじゃないか。

俺はこの力で、全てを征服して見せる。
今後この丹波山には、もう神も仏もいない。
この俺様こそ、この世全ての鬼の頭領になる!

陰陽師鬼王酒吞童子伝記3
狂気

お前は本当に俺様を怒らせた。

伊吹山の鐘の音が響いた。

自らの手でこの鐘を鳴らす日
が来るとは思わなかった。

山奥の寺に訪れる参拝客のあとにつき、
道中の景色を横目に進む。
気づいたときには、あいつが目の前にいた。

目を凝らすと、あいつは既にこと切れていた。
血しぶきに染まる僧衣に似合わぬ、
柔和な表情で果てている。

地に散らばった数珠を五つ拾い上げてみると、
道・生・死・生・道と文字が刻まれていた。

寺は崩れ、悪鬼が唸る。
そう、ここは死と哀愁しか残らない俺の故郷だ。

仏陀は俺を仏門に導いたが、
心に巣食う鬼は依然消えない。

幾度繰り返そうと、
俺の選択は変わらない。

自らこの身を引き裂き、心臓から鬼へ変わる。

鬼となった俺に噛みつこうとする
人と鬼が一斉に押し寄せてきた。

狂ったように高笑いする俺の体から、
禍々しい炎がほとばしる。

陰陽師鬼王酒呑童子伝記神魔輪廻
狂い吠え

酒を飲むのを邪魔するな。

すると、またたく間に日が沈み、夜になった。

俺が殺戮をよしとし、俺が殺戮を受け継ぎ、
これからも俺は殺戮を続ける!

暗黒の夜が明けることはない。

陰陽師鬼王酒呑童子伝記神魔輪廻
百鬼夜行

俺様の名を知らぬものなど…この世にいない!

戻れぬ道を進み、
乾きを癒せぬ泉を飲み干すように、
仏でもなく、鬼でもなく、
俺は俺だけの道を切り拓く。

ちょうど朝日が昇ること、俺は正気を取り戻した。

丹波山では万鬼が頭を垂れ、賛歌を捧げている。

そして、その頂きの玉座に座しているのは、
この俺、ただひとりになった。

陰陽師鬼王酒呑童子伝記神魔輪廻
酔い狂い

酒を持ってこい!

ー 茨木童子 ー
酒呑童子!妖怪の頂点に君臨する男よ!
だが…腹ただしいことにやつは
今二つのものに溺れている。女と酒だ!

女の名は鬼女紅葉。
奴のせいで酒呑童子は…!

一刻も早く、奴に己を取り戻させねばならぬが、
一体どうしたものか…。

陰陽師茨木童子伝記2
陰陽師茨木童子伝記3

頭がウズウズして、なんにも思い出せねえ。
全くうんざりするもんだ。

あいつらは俺を「上戸鬼王」と言っている。
少し飲んだら、何か思い出せるかもしれない。

酒か…匂いは悪くない。一口飲んでみよう…。
うまい…実にうまい!

酒ってこんなにうまいものだったのか。
俺様が昔から好きなのは無理もない。
しかし、二口飲んだらもうなくなってしまった。
量が足りない。

何だと?大江山には大きな酒蔵があるって?
ならさっさと酒を持って来い。
今日は思う存分飲むぞ!

ここに戻ってから、
よく小妖から昔の話を聞いた。

俺様はここで数知れぬ猛者を破り、
大江山のすべてのあやかしを降状させて、
次から次へと挑んでくる挑戦者を待っていた。

あれは本当に楽しい日々だったと彼は言う。
毎日ぞくぞくする戦があり、
うまい酒が飲みきれないほどあった。

時々ちょっかいを出しに来た陰陽師も、
ほとんど邪魔だとは思っていなかった。

あのような時代があったからこそ、
俺様を「鬼王」と呼んだんだろう。

だが…俺は何も思い出せない。

特別なものほど、無意識に心の奥にしまいたくなる
と、小妖らが言う。

そんな訳のわからないこと、知るもんか。
どうしても、腑に落ちねえ。

陰陽師酒呑童子伝記4
尽きぬ怒り

その罪…死をもって償え!

ー 鬼切 ー
源家一族は、鬼王の首を取るために、
総出で大江山に攻め込んだ。

圧倒的な兵力を投入したにも関わらず、
戦いは、何日も続いていた。

そんな事は、鬼共にとって大したことではない。
だが、俺のご主人様は、すっかり疲れ切っていた。

鬼王は恐ろしく狡猾で、一瞬の隙を突き、
ご主人様に襲いかかってきた。
俺は瞬時にご主人様の前に立ち、
鬼王の激しい一撃から彼をかばった。

強烈な妖気が一瞬にして俺の体を貫き、
俺の左目もやられてしまった。

俺は強烈な痛みに耐えながら、鬼王の腕を押さえつけた。
鬼王は俺の左目を見つめてこう言った。「き、貴様は……!」
一瞬だったが、ご主人様にとっては十分だった。

首を切られた鬼王の血が俺の左目に入った。

気付くと源家の兵が放った火が、
妖怪の死体であふれた地面を覆っていた。

俺の目は血で赤く染まっていた。
眼球を覆う血を通して見える死体の山。
だんだんと倒れている死体が……自分の様に見えてきた。

陰陽師鬼切絵巻退治

ー 茨木童子 ー
大江山に戻ると、すべてが変わっていた…。

酒呑童子が人間になどに負けるわけがない!
今まで私に勝てる妖怪など一匹もいなかったが、
大江山の鬼王は私よりも遥かに強かった。
今まで何度もあいつに挑戦してきたが、負けてばかりだった。

納得がいかず、この前もまた戦いを挑んだが、
彼は一笑して私を座らせ、酒に付きあわせた。

「親友はお互い切磋琢磨していければ、それで十分だ。」
「お前が親友だと言った覚えはないぞ。」

彼は笑い、手に握っていたものを私に投げて寄越した。
「まあまあ、また戦いたくなったら、
この鈴を鳴らして俺様のところに来ればいい。」

私は心に誓った…こいつは絶対に死なせない…と。

陰陽師鬼切絵巻故交

参考

おしまい

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