はじめに

歯科技工士という職業に就いていつの間にか30年ほどたちました. 入学したてで何の予備知識もないころ、技工学校の資料室で見せられた義眼になぜか心を奪われたのを覚えています。アクリル樹脂で作られたというガラスケースのなかの義眼たちは、それまでマンガ本などでみてイメージしていた義眼と違って球体ではありませんでした。透明なレンズの奥にある精密な光彩、白目の表面を走る細い血管まで表現されたそれらの義眼は、いかにも目玉然として生々しかったことを覚えています。その後学校を卒業し技工士という職に就いたのですが、義眼に関する技術的なことはいっさい教わらなかったし、どうやらそれは歯科技工士の一般的な仕事ではないらしいとはだんだんと理解しながらも、じゃあいったいどこに行けばその技術は習得できるのだろう、時々思い出しながらもいつの間にか忘れていってしまいました。

技工士として日々仕事を積み重ねて20年もすぎた頃、ひょんなきっかけでその技術を学ぶ機会にめぐりあいました。顔面補綴という分野の仕事になるらしく、先天的、あるいは病気、事故などの後天的原因による身体の欠損や変形した部分をシリコンなどの人工的な材料で修復する仕事です。その仕事は義足、義手などを作る義肢装具士が手がける部分もあるし、その材料的な共通点、製作手技などから、歯科技工士も技術習得にはかなり近い立場の職業だとおもいます。

日本以外の国ではその職業が一般に認知されている国もあるのですが、日本ではまだ免許制度があるわけでもなく、学校と呼べるものもほとんど無いときいています。

本書は私が習得し、臨床例もこなすなかで改良してきたことを含め、現時点での自分の義眼製作方法を紹介していきたいと思います。

歯科の仕事に比べ、顔面補綴の仕事はバラエティーに富み、ひとつひとつの症例に都度創意工夫が求められることも多々あります。

印象採得(型どり)など技工士という立場では法律的に制限されている部分もあります。人体に関わることだけに医療行為といえる部分もあるわけで、医師との連携でやらなければならないことも多くあります。

もちろん人形の目を作ったり、芸術作品の一部として利用される技術でもありますが、こと生身の人間に関わることであれば、どうかおもしろ半分ではやらないでください。

義眼にしろそのほかのエピテーゼとかプロテーゼと呼ばれるものを必要としている方たちは、すごく繊細な部分を抱えている場合が多く、たんに作って装着すればそれで終わりという仕事にはならないことのほうがほとんどです。

製作技術、材料ももちろんほかの方法、材料がある。本書を活用しさらなる改良が進んでもっともっと世の中の役に立つきっかけのひとつにでもなれば幸いです。

村井 さむ

2015年11月20日

フィリピン マニラにて

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