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いたいよ(重いネタなので、猫の画像にしています。すみません。)


どうモリアーティ教授。こじまなだよ。

以前、ツイッターでnoteを書くと言ってましたが、なかなか時間がなく(卒業論文や課題など)、ようやく時間ができたので、書きます。

この前、久々に、ピカルの定理を思い出してみた。今や大活躍の千鳥さんが出てるな、ピース、また観たいなと思った。また、ピカルの定理が復活してほしいとも願うようになった。

しかし、俺はこう思った。

(綾部さん、かわいそうやな…。)と

※特に「綾部さん以外、全問正解です。」やピカルの定理メンバーでヘキサゴンに出たときである。

綾部さんが他のメンバーに弄られたり、煽られたりするのを観て、可哀想だと思った。私から見て他の芸能人よりも綾部さんの弄りが激しく、まるでいじめているように見えた。

しかし、本当は(綾部さんが芸人としてよりおいしくなるように。)や(番組として面白くなるように。)と思って他の出演者は弄っていたかもしれない。しかし、どうみても、俺にはいじめにか見えない。

同じように、俺の好きな芸人であるニューヨークもとある人(以下、Aとする。)を弄って炎上した過去を持つ(何をしたかは根気強く調べてくれ。他人任せですみません。)。嶋佐さんや屋敷さんにとってはAを弄ることは番組的においしいと考えてやっただろう。しかし、その人にとって不快であり、Aのファンはこれを見て(ニューヨークひでぇ!)や(この芸人ないわー。)と考えてニューヨークを攻撃し、結果、炎上したと推測する。
※確かに、当該する動画を観たら、ニューヨークはAをいじめいるように観えることは否定しないし、これはニューヨークが悪いと考える。ただ、ニューヨークの二人はこのことは反省していると推測しているため、少なくとも、これに怒っているニューヨークのアンチは「Aに謝れ。」と言わないで欲しいし、これを持っていってネタなどを食わず嫌いにならないで欲しいし、(Aに謝らなかったからからだー。)などど彼らに攻撃しないで欲しい。なぜ、反省していると考えているかというと、見取り図とのコラボでリリーさんが嶋佐さんに「Aに似てきたな。」と弄ってきたこと、ニューヨークの二人が聞き上手でなおかつMCがうまくなったことからである。

このように弄りとイジメの境界線は難しい。弄りをしてようと、その人が不快なら、いじめだと断定してしまうし、弄ってるように見えて第三者にはそれがいじめに見えてしまうからだ。

故に、私は、人を弄るのを見る時は、某CMではないが、そこに愛がなければたとえ、好きな芸能人が出ていようが観てて痛々しいのであえて観ないようにするのも検討する。また、(全くないが)私が弄る時も(もし、その人がこういうことを言ったら嫌だろうな。)と考えながらしていきたい(人は弄りたくないけど。)

では。


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