スッチー

俺はいくつかの写真と商品紹介のテキストをシオリに送る。We Chatの小さい入力画面を睨んでいた目は疲れている。遠近感の狂った頭を抱えつつ、コーヒーを淹れにキッチンへ向かう。

コーヒーが冷めきってしまってもシオリからの返事はなかった。きっとフライト中なのだろう。地上では彼女の返信は早い。俺はiPhoneを机の上に置いてベッドに潜り込む。

一月ほど前、リサイクルショップでのことだ。俺は袖のリブが裂けてしまったパーカーに代わる服を探していた。腕を上下するたびにリブがあちらこちらに遊ぶのが難儀で、ひとまくりした上から輪ゴムで縛り付けていたが、その輪ゴムも切れてしまったので、やむを得ずリサイクルショップまで足を運んだ。リサイクルショップにはあと10年20年は持ちそうな洋服が数百円で売られている。俺が気になるのは生地が分厚く、丈夫そうかどうかで、そういう服が人気がないのは大いに助かる。逆にペラペラで心もとない生地を幾重にも重ね、いかにも実用性が低そうな服が、新品同様の値段が付けられている。人の本質はかくも違うものなのかと思わず見入ってしまう。さらに不思議なのが、一番人気で出入りが激しい商品は、ペラペラで、かつ安い服なのだという。生地が分厚いものよりも薄いものの方が人気は高いのだそうだ。理解はしかねるが、俺のような人間にとってはありがたい話だ。

そうして服を物色していると、乱雑に陳列されたボトムスの中から、全く使用された形跡のないジーンズを発見した。そういえば今穿いているジーンズもそろそろ尻のあたりが薄くなってきていていつ破れてもおかしくない状況だったんだと気づき、その真新しいジーンズを手にとってよく見る。一見して柄も刺繍もない、いたってシンプルなデニムだが、バックポケットの横に控えめについた赤いタブを覗くと、そこには"Denime"と書いてあった。

Denime 66XX。Denimeはドゥニームとフランス読みをする。1990年台に一世を風靡した日本製デニムの中でもかなり高品質であり、50年ほど前に作られたリーバイスをかなりの精度で再現できていると高く評価されているモデルだ。しかし、2000年代に入ってからDenimeのブランドが他社に買収されると、手間のかかる製法や値段のかかる素材は見直され、それと同時に66XXの人気も徐々に陰りを見せていった。

俺がそこで手にとったのは90年台に製造されたDenime66XXで、やわらかく織られた生地の感触だけで明らかにそのへんで粗製濫造されているデニムとは違うことがわかる。なぜ、こんなものが、こんなところに?フラッシャーこそ切られているものの、全体に細かいシワが入り、生地の目が詰まっているところを見ると、ワンウォッシュ商品のデッドストックだ。オークションサイトやフリマアプリでも馬鹿にならない値段で売りに出されているはずだ。それがいったいなぜボロボロのデニムに混ざって5000円で売られているんだ?俺は迷わずその66XXと、正方形ロゴになる前のオールドユニクロのパーカーを買い、店を後にした。

帰宅してヤフオクやメルカリを見たが、別にそんなすごいことはなかった。
というか、現在市場に出ているDenime 66XXのほとんどは着用済みの古着として売られていて、全く参考にならない。
定価の24,000円以上の値段がついているものは確かにあったが、数千円が乗せられているだけで、思っていたほどでもなかった。このまま売ってもそれなりの金が転がり込むことには間違いはないが、俺は最初に想定した期待値を大きく下方修正することに、ぼんやりとした不満を抱いていた。なんだよ。そんなに珍しいものでもないのかよ。それともマニアは66XXを各自一着は箪笥の奥にキープしておいて、値段が釣り上がるのを舌なめずりしながら待ち構えているって腹なのか?だとしたらここで安易にオークションなんかにかけても、ストックを持っているやつらの相場観察に使われて終わりである。なんだよ。すっかり枯渇してるからと思って調達したのに。それともタンスにジーンズを眠らせてるやつがみんな我慢できずに穿き始めてしまうのを待ってから出すか?いや、そんなの一体いつになるかわからないし、第一そういうやつらはジーンズなんか山ほど持ってるだろうからレア物でもない一本なんかをわざわざ買ったりしないだろう。この66XXを今すぐ穿きたいというやつが、少なくとも何人かいなければ値段は上がらないわけだが…。

そこでふと思い立つ。ストックがなくて穿きたいやつが多い場所。
海外だ。

俺はシオリにLINEで電話をかける。

「はいはい。なんですかこんな時間に」

「今どこにいる?」

「今はコペンハーゲンですけど」

「なんかメルカリとかヤフオクみたいなフリマアプリとかやったことない?」

「あー中国に闲魚てのがあって、たまに出しますよ。日本の炊飯器とか」

「やっぱ日本製は売れるのか。denimeっていうとこのジーンズを売りたいんだけど」

「ジーンズ?あー今アプリ見てますけど…denimeねえ…え?なんですかこれ?高っか。1000元?2000元?なにこれ?ZARAのデニム10本買えるじゃないですか」

「日本製のジーンズってのはそういうもんなんだよ」

「へえ…でも確か闲魚は中国の住所がないと出品できなかったと思いますよ」

「え?そんなことあるの」

「ありますよ、そりゃあね。私一応いまは中国住みなんで出品しときましょうか?」

「それは…是非お願いしたい」

「焼き肉」

「は?」

「私焼き肉が食べたいなーと思って」

「わかったよ、売れた金で帰国した時に食べに行こう」

「はーい、じゃああとで住所送っとくんで郵送してください。あと、中国だとLINEは金盾が面倒なんでwechat入れといてください」

シオリから送られた住所は成田空港からほど近い、普通のアパートだった。本人が言うにはフライトアテンダント仲間の一人で、空港内で頼んでいた荷物を受け取る算段らしい。重さがない化粧品やジュエリーを運んで、浮いた送料や税金の差額を懐に入れたりはよくあることだそうだ。全世界にネットワークを張り巡らせているので、彼女たちにとって手に入らないものはない。

俺は指定された住所にジーンズを郵送した。手元に既にないジーンズが一体どうなるのか、俺には検討もつかなかった。


毎度どうも