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リクエスト断髪小説『新米顧問の理不尽 番外編』

あらすじ

ある日、突然女子テニス部から野球部へと異動となった新米の体育教師。そこで待ち受けていたのは・・・

小説情報

文字数  :4800文字程度
断髪レベル:★★★★★
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本文

 その辞令は突然だった。

戸塚とづか先生、来週から野球部の副顧問をしてもらいたい」

 目の前に立っているがっしりとした体つきの厳つい男性、荒木あらき先生から告げられた。こうして向き合っているとより威圧感を感じる。工夫のない白髪混じりの五分刈りがより増幅させている感はある。

「副、顧問ですか? 今、私は女子テニス部の顧問をしておりますが?」

 運動部での顧問の掛け持ちは普通のことなのだろうか。しかも顧問に副とは聞いたことがない。

「女子テニス部は藤井ふじい先生が顧問兼外部招聘がいぶしょうへいコーチとして戻られることになった。定年で急に部活の指導がなくなったものだから、どうにも寂しいらしくてな」
「あ、はぁ」

ーー寂しいって、なに?

 そんな理由で顧問へ再任とは理解に苦しむ。

「野球部は大所帯でな。戸塚先生にも補助として入ってもらいたい」
「お言葉ですが、半年ほどテニス部の顧問をしてきて、やっと慣れてきたところです。できればテニス部の顧問を続けたいのですが」

 やっとあの生意気な久我くがをはじめ、チャラチャラした女子部員たちを見せしめのテニス対決によって統制できるようになり、高校生の運動部らしくなったのだ。これからというときに放り出したくない。

「あー、じゃあこう言おう。これは業務命令だ。分かったな」

 荒木先生は困った様子で頭を掻きながら言っていた。体育の教科主任でもある人から言われては逆らえない。

「……はい。分かりました」

 腑に落ちないが、そう言うしかなかった。

ーー全く、ここの高校生は……

 授業中も廊下を歩いていても、どこにでも髪色の派手な生徒がいて目に付く。化粧の施された顔や崩れた制服の着用も気になる。さらにカップルが廊下でイチャついているのを見ると、イライラしかしない。

ーー最近の高校生は色気づきすぎなのよ

 私が高校生だった頃はお洒落や恋愛よりも先に将来のためにと勉強やスポーツに打ち込んだものだ。染めていない黒髪に実用的な短い髪の生徒を見ると、やっぱり高校生たるものかくあるべきと思う。

ーー今、色恋にうつつを抜かしている生徒たちはきっと将来後悔するはずよ

 この前の婚活パーティーはその場での話は盛り上がったはずなのに、誰からも連絡先を聞かれなかった。きっと床屋のおばさんに思い切り刈り上げられたこの髪型のせいだと、襟足のザリザリとした感触が恨めしい。

ーーはぁ、どうしてこうも上手くいかないかな

 今、テニス部では怪我をする部員が出始めている。私が考案したサーキットトレーニングはゲームを走り切る体力をつけ、力強いショットを放てるようになる完璧なもののはずだ。トレーニングで怪我をするようなやわな体であってはならない。より強固な部員たちの管理と統制、そしてトレーニングメニューをと思っている矢先に野球部の副顧問への異動を告げられた。

 仕事も婚活も成果が上がらずストレスでしかない。はっきり言って何一つとして面白くなかった。

「戸塚先生、野球の経験は?」

 週が明けて、荒木先生と一緒に野球部の部室へ向かっているところだ。

「ありません。小学校でのソフトボール大会くらいです」
「なるほど。個人競技のテニス部と勝手が違うだろうが、今の野球部の方針は“一体感”だ」
「一体感、ですか?」

 急に言われてピンとこない。

「チームスポーツだからと、この前二年生たちが決めた方針だ」
「はぁ、部員たちがですか」
「部の主体は部員だからな。まぁすぐに分かるだろう」

 荒木先生はただ口角だけを上げていた。その表情からは何も分からなかった。

「今日から野球部の副顧問となった戸塚先生だ。挨拶をしろ」
「「「よろしくお願いします!!」」」

 部員たちが一斉に声を上げていた。全員が五分刈りの真っ黒に日に焼けた精悍そうな男子生徒たちだ。何十人といて数えきれない。すごい声量で部室に響き、気圧される。

「よ、よろしく」
「戸塚先生は野球初心者だ。しばらく君たちと一緒に練習に参加をさせてやってほしいが、いいか?」

 荒木先生が部員たちに向けて問いかけている。
なぜ顧問から部員に、と思って不思議だった。

「もちろんです!」
「よろしく頼む。それで部長、“一体感”の方針だが今回はどうするんだ?」
「問題がなければ、ぜひ戸塚先生にも加わってほしいと考えます。そうすればお互いに気兼ねなく一緒に練習もできるでしょう」
「そうか、分かった。あとは君たちに任せる」
「はい! じゃあ戸塚先生、まずはこちらのイスに座って下さい」
「え、はぁ」

 部長と言われた部員が青色のパイプ椅子を広げている。

「あ、申し遅れました。野球部部長の入江いりえです。さ、どうぞ」

 おずおずと広げられたパイプ椅子に腰をかけた。何を始めるつもりか分からず少し不安だ。

「すぐに終わりますから動かないで下さい。おいマサ、道具の準備はできたか?」
「おうバッチリだぜ、健太けんた

 部長がこちらに背を向けてマサと呼んだ人物からいくつか道具を受け取っている。何の道具かはちょうど見えなかった。部長がくるりとこちらに向き直り、ガサッと音を立てて頭から何かを被せてきた。

ーーえ? これってビニール袋?

 首から上はすっぽり出ていて、肩からお腹の辺りまでビニール袋、もとい自治体指定の可燃ごみのゴミ袋で覆われる。腕は動かせそうにない。

「入江くん、一体何を」
「じゃあ、始めますね」

 部長の真っ黒に日に焼けた手にはヴィーンと音を立てている銀色のバリカンが握られていた。

「え、うそ、でしょう?」

 部長の手に握られたバリカンが額に近づいてくる。

「ようこそ野球部へ。歓迎しますよ」

 ガガガガと音を立てて前髪の下からバリカンが滑り込んできた。思わずギュッと目を瞑る。

「ぎゃああぁ!」
「「「うおおぉーっ!!」」」

 私の悲鳴は虚しくも男子部員たちの歓声に掻き消される。バサリと前髪だったものが太ももに落ちてきた。

ーーげぇっ、マジ!?

 またしてもガガガと額からバリカンがつむじに向かって頭の上を通っていく。

「ちょっと、何で!?」

 抗議の声を上げてみたものの思いの外大きいバリカンの音と男子部員たちの喧騒で目の前の部長には聞こえてないらしい。部長は何も答えずにひたすら頭のてっぺんにバリカンを入れていく。

「おい健太! 俺らにもやらせろよ」

 名前も知らない男子部員が声を張り上げて部長に話しかけている。

「おうそうだな! じゃあ後ろからやってくれよ」
「りょーかい!」

 嬉しそうな顔をして男子生徒たちが後ろに回ってくる。程なく襟足からもバリカンが入ってきた。

 前からと後ろから同時にバリカンが頭を走っていき、どんどん髪を刈っていく。膝に床にもすごい量の髪があっという間に溜まっていくし、その分頭がスースーとしてきて軽くなっていく。

ーーまさかこんなとこで坊主なんて……、嘘と言って!

 夢であってほしいと願ってやまない。

「先生も俺らと一緒の五分刈りだぁ。これから仲良くやってきましょう」
「ちょっと! もうやだ、やめて!」
「もう前は全部刈っちゃいましたし、まさか落武者風でやめたいんですか?」
「っ!!?」

 部長が頭頂部を触ってくる。髪がザリザリと言っている感触が伝わり、髪が刈られた事実を突きつけられる。「すげー姿だよな」「あぁヤバいよな」とヒソヒソとした周りの声も聞こえる。自分の今の姿を想像すると、とっても恥ずかい頭になのだろう。想像した姿に顔がぶわっと赤くなっていく。

「なぁ健太、後ろなんだけどさ。元々の襟足の刈り上げが短いんだよね」
「え、まじ?」

 部長が後ろに回って襟足を触ってくる。この前床屋で刈られた場所だ。

「あ、ほんとだ。ここに合わせるしかないな。何ミリ?」
「わっかんね。面倒だから三ミリでよくね?」
「んな大雑把な」
「でもよ、わざわざ測るか?」
「あー、それもそうだな。三ミリでいくか」

 私の髪の長さが勝手に決められていく。

「じゃあ先生、全部三ミリで刈りますね。一月もすれば五分以上になりますから大丈夫ですよ」
「……っ!」

 何が大丈夫なのよと言いたかったが声は出なかった。またしても額から襟足から二つのバリカンが走っていく。

「おおー、三ミリってやっぱり薄いな」

 ビニール袋の上に細かい髪が落ちていく。

「後ろが終わったら次は左側な。俺は右側をやるから」
「ラジャ!」

 そんなやりとりの後もひたすらバリカンは頭の上を動き回り、全部の髪が三ミリへと刈られていった。ビニール袋を取った後、どこか肌寒かった。

「戸塚先生、お疲れ様でした」

 複数の部員が慣れた手つきで部室に散らばった髪を片付けていく。頭が軽すぎて首が座らない気がする。鏡で姿を確認したいがそんなものはこの部室にはなさそうだ。

「坊主なんて……」

 部員たちをよそに思わず本音がこぼれてしまう。頭のどこを触っても長い髪は見つからない。

「その頭、なかなか似合ってるぞ」

 声がした方を向くと荒木先生がいた。顔がニヤついているように見える。

「……どういうことですか? これ」

 なんとか声を絞り出した。

「これが部員たちの決めた野球部の方針だ。先生も生徒も関係なく頭を丸めて一体感を高める、野球部だからとなんとなく坊主にするよりも理由があってそうするんだと言う意志を持ちたいのだそうだ」
「だとしても部員はともかく、なんで顧問まで」

 確かに荒木先生も五分刈りだ。

「対等な関係でいたい、と解釈をしているな。この辺りはテニス部全員を部活ショートにして、それに付き合って刈り上げた戸塚先生なら理解されると思ってますが」
「……」

 あの時と今はまるで経緯が違う。私は勝手に刈り上げられたのだ。

「いずれにしても野球部の副顧問でいる間は部員たちが決めた方針に従えってことだ」
「……どうして生徒の言いなりなんですか?」

 野球部の部室に来てからずっと疑問だった。「ん?」といった表情で荒木先生は首を傾げていた。

「どうしてって、学校生活も部活も主役は生徒たちだから、だな」
「はい?」
「“学校生活において生徒たち自ら選択し、その責を追う”、理事長の言葉だな。大まかに学校設備や時間割、授業とか成績はともかく、それ以外は生徒たちが決定する。我々大人は口を挟まずに見守り、求められたら助言するだけだ。先生も一緒にと言われれば無理のない範囲で参加もするってことだ」
「……全然分かりません」
「ま、授業の進行を妨げなければ法律と緩い校則の許す限り好き勝手しろ、ただしその責任も自ら追えってことだ。先生という大人も利用して自ら快適な青春を作り上げろってことだ。その経験が将来、社会に出てからも自信に繋がるとかなんとか。まぁ附属大学進学ぐらいしか魅力のない学校の経営術だな」
「……」

 想像の斜め上なのか下なのか。今まで体験してきたどの学校生活とも違っていて、軽くなりすぎた頭を持ってしても全く理解できない。

「先生! 練習を始めますよ!」
「はいよ、今行く」

 ともあれ野球部の副顧問としての活動が始まった。全く価値観の合わないこの学校。果たして生徒と一緒になって野球をすることで折り合っていけるのか、誰かから試されているのかもしれない。

後書き


本編でできていなかった伏線の回収話です。
軽く書くつもりが、思っていたよりもアレな話になってしまった気がします、、、
語彙力、文章力がほしい今日この頃です💦

学生ものの引き出しはこれで出し尽くした気がします。しばらくはたぶん何も出てこない😓


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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